つい先日、5月2日に加古里子さんが92歳でお亡くなりになりました。加古里子さんは1960年代から数多くの名作を執筆・出版されてきました。親に加古里子さんの絵本を読んでもらって育ち、また同じように子供に同じ絵本を読み聞かせた方も多いのではないでしょうか。今考えてみると、このように世代を超えて読み継がれる多作な絵本作家は、加古里子さんとせなけいこさんくらいしか存在しない気がします。我が家所有の加古里子さんの本をた探してみたら、娘用に購入した絵本が4冊見つかりました。

からすのパンやさん

まず1冊目は「からすのパンやさん」です。四羽の子カラスがいる夫婦のパン屋さん。子カラスが赤ちゃんの時は子育てとパン屋営業の両立が上手くできずに客が離れていきます。しかし子カラスが成長し、友達に売れ残りのパンを振る舞う事がきっかけとなり、口コミでおいしさが広がり、お店が繁盛したというお話です。

ちなみに娘が一番気に入った場面は、パンがどっさり作られたこのページでした。2ページに渡り丁寧に描かれています。ボールやうさぎといった幼児が覚えそうなモノがパンで表現されており、とても楽しそうです。読み聞かせのときには、パンを一つ一つ読まされました。

©S.KAKO, 1973

どろぼうがっこう

2冊目は「どろぼうがっこう」です。どろぼうがっこうの生徒たちが遠足に出かけたものの、刑務所に盗みに入ったためつかまってしまった話です。

自分が昔読んでもらった楽しかったのは、「ぬきあし さしあし しのびあし どろぼうがっこうの えんそくだ」という歌。娘も同じシーンが一番記憶に残っているとのこと。テンポが良くて耳に残ります。キャラクターは怖そうな人ばかりなので絵本らしくないのですが、とてもユーモラスに描かれています。

©S.KAKO, 1973

あおいめ くろいめ ちゃいろのめ

3冊目は「あおいめ くろいめ ちゃいろのめ」です。3人の異なる目の色をした子供が、仲よく遊んでいましたが、草藪にいた蜂に刺されてしまい、泣きはらしたため、3人とも目の色が赤くなったという話です。

あらためて読み返してみると、人種や性別の異なる子供もみな泣いたら赤い目になるというダイバーシティの概念をとても分かりやすく説明しています。今だからこそ、多くの人々が何度も読み返すべきとても大切な絵本です。

©S.KAKO, 1972

あなたのいえ わたしのいえ

実は今回ブログで着目したいのは、この「あなたのいえ わたしのいえ」です。ひとの暮らしにとって家がどれだけ大切かを淡々と説明している絵本です。

 

雨の日はぬれて困る。晴れの日は太陽に照りつかれて困る。雨や太陽を防ぐために屋根が必要となります。

©S.KAKO, 1969

これってまさに18世紀ロージェの「建築試論(Essai sur l’architecture)」によって示された Primitive Hut(始原の小屋)ですよね。「建築試論」は啓蒙主義の流れの中で、バロック建築の装飾を批判し、建築の原点回帰を唱え、新古典主義のきっかけとなった理論書です。このなかで、人間の「自然から自分を守る」根本的な欲求を満たすためのシェルターとして、このPrimitive Hut は描かれています。

 

 

「あなたのいえ わたしのいえ」では、以下のように「いえ」の成り立ちを説明しています。

まず最初に「屋根」ができます。
さらに
風を防ぐために「壁」ができます。
外へ出たり入ったりするため「出入口」ができます。
他者によるの侵入から守るために「戸締り」ができます。
地面の湿気をさけるために「床」ができます。
外の様子が分かるために「窓」ができます。。
食事をつくるために「台所」ができます。
排泄のために「便所」ができます。

このように「いえ」の成り立ちを、子供でも分かるように丁寧に説明しています。

建築基準法では

建築物 土地に定着する工作物のうち、屋根および柱もしくは壁を有するもの

と「建築物」という用語の定義がされているので、その点からも、まず屋根と壁の存在を強調しているのは理にかなっていると言えますね。

最後のページでは、

こうして、いえは
ひとが かんがえ
くふうして つくった
おおきな くらしの どうぐです。
くらすのに べんりな
どうぐの あつまりです。
あなたの すんでいる いえも
べんりに できているでしょう。

そして、これからも
もっと くふうして
もっと もっと
べんりに なることでしょう。

加古里子「あなたのいえ わたしのいえ」福音館書店 p.22

感情的・情緒的な表現ではなく、あくまでも建築の構成要素である「部位」の機能を説明した上で、その「部位」の集積を「いえ」と表現しているところがとても面白いです。このように「いえ」を「住むための道具」として見立て「べんりになる」ことを重要視しているのは、東京大学で応用化学を専攻し昭和電工の研究所に勤務したエンジニアならではの視点とも言えるし、1960年代終わりの時代性を示しているともいえるかもしれません。建築を「構法」的視点で描いた名作だと思います。

もともと絵本は子供向けに描かれるため、情報が簡略化されます。複雑な情報を削ぎ落し、必要な情報だけを取り出して単純化することが必要とされます。「いえ」というとかく難しく語られる対象を、ここまで分かりやすく説明できる加古里子さんの能力に、ただただ驚きを禁じえません。この視点、建築設計にも役に立つと思います。

調べてみると、加古里子さんは、ダムが人々の生活にどのように役に立っているかを書いた「だむのおじさんたち」(福音館書店 1959)が最初の絵本だったそうです。子供向け絵本としては渋いですね。さらに「かわ」(福音館書店 1966)、「たいふう」(福音館書店 1967)といった科学に関する絵本を数多く執筆されています。「ならの大仏さま」(福音館書店 1985、復刊ドットコムにより復刊)は、大仏建立に至る文化的背景やどのようにして巨大建造物を作ることができたかについても、詳細に記述されています。もはや絵本の域を超えています。絵心のある優れたエンジニアが絵本を描くからこそ、このような素晴らしい絵本が数多く生まれるのですね。

ちなみに「あなたのいえ わたしのいえ」は、フランス語にも翻訳されているようです。

世界のどこかで、同じように加古里子さんの絵本を読んで育った人がいると考えると、ちょっと嬉しいですね。

加古里子さん、ご冥福をお祈りいたします。

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