建築設計事務所のリサーチを兼ねて訪れたIKEAの学習机コーナーでこんなパンフレットを見つけました。

“お子さまに合った学習環境をつくろう
何かに取り組もうとするとき、集中できる環境は子どもによって異なります。使いやすいデスクとチェアのほかにも、子どもによってそれぞれ必要なものが異なるかもしれません“(2018 IKEA 学習机&デスクハンドブックより)

なるほど。
こどもの「学習スタイル」によって、集中できる環境も異なる。
そのために整える家具も変わってくる、というわけですね。うまいなぁ。

学習スタイルとは

確かに、人それぞれ、好みの学習環境があります。
私はといえば、とにかく音がしているのが好き。どちらかといえば図書館よりもカフェや食堂のようなところで勉強するのが好みです。まあ、それで学習に成果があったかといえば非常に疑問が残りますが。

さてこの「学習スタイル」(learning style)という言葉。
世の中的にはどのように受け入れられ、親しまれているのでしょうか。

私自身は、数年前このTED動画をみるまであまり意識していませんでした。
(日本語字幕なのでぜひご覧ください)。

再生回数なんと49,187,083回、Most Viewedぶっちぎりの1位(2018/01/17現在)。

Sir Ken Robinsonはこの中で、1930年代という、ADHDという言葉が“発明”される前の時代に、学習に集中できない子として学習障害を疑われ、母親と共に専門の医師を受診した8歳の少女の話をしています。医師は面談ののちに、彼女をダンススクールに入れることを勧めました。するとそこは、

“People who couldn’t sit still” (じっとしていられない、座っていられない人たち)
“People who has to move to think”(考えるために身体を動かさなければならない人たち)

であふれていたというのです。

舞踏家(英国ロイヤルバレエ団)としても振付家(“Cats”や”オペラ座の怪人”)としても有名になった彼女はざっくり言えば、“身体を動かしながら何かを覚える人”、“身体を動かしたほうが「より」集中できる人”。学習スタイル分類でいわれるところの「Kinesthetic Learner(運動感覚学習者)」だったというお話。

英国では

今回blogを書くにあたって改めてもう少し調べてみると、あたかも理論として確立しているかのようにみえたこの「学習スタイル」分類研究には諸説あり、また科学的な根拠としてみとめられる研究になっていない、学校という集団環境において大規模に費用をかけて取り入れるだけの効果メリットが見当たらない、等々専門家のきびしい批判に晒されていました。学習スタイルに関する13もの研究について検証したロンドン大学教授(教育学)のFrank Coffiledは、そのすべてのリサーチが

“theoretically incoherent”(理論的に支離滅裂である)

と断じており、「生徒と学習についての会話(dialogue)を始めるための一要素」としてあくまで参考程度にしておくように、とくぎを刺しています。

米国では

Harold Pashlerカリフォルニア大学サンディエゴ校教授(心理学)らのグループも、「学習スタイル」アプローチの教育界における人気(popularity)の大きさと、その有用性に関するエビデンスの欠落という落差について、”disturbing”という強い言葉を用いて警告しています。

“The contrast between the enormous popularity of the learning-styles approach within education and the lack of credible evidence for its utility is, in our opinion, striking and disturbing.”(https://www.psychologicalscience.org/journals/pspi/PSPI_9_3.pdf

日本では

放送大学青木久美子教授(情報学)による論文では前出の欧米の学習スタイル理論を紹介しつつ、

「いずれにしても、これからの日本の教育において、学習スタイルという個人差に目を向けることは非常に重要であり、学習スタイルという観点から、学習者が自分の学習方法の効果を見直したり、教育者が教育の仕方を見直したりするという活動を促進する、という意味で、日本でももっと学習スタイルの個人差に目を向けてもらいたい。」(http://www.code.ouj.ac.jp/media/pdf2-1-3/No.3-18kenkyutenbou01.pdf)。

と結んでおり、あくまでも「個人差に目を向ける時の目安」としての役割を期待するというスタンス。画一的な教育が続いてきたわが国ゆえに、個人差を認識する指標としては使う意義がみとめられるのかもしれません。

「学習スタイル」で検索してみると、まあ出てくる出てくる、学習塾のサイト。わが子の学習スタイルを見極めて、あなたのお子さんに合った教材を選びましょう、と簡易チェックリストの嵐です。心理学者が監修されているものもあるようですが、まあこれも、気休め程度にとらえておく方が無難です。所詮これらは教材やサービスの販売促進ツールなのですし。

ちなみにIKEAでは、動きながらの方が集中できる“とされる”ひと向けに、こんな椅子が提案されていました。


実際に座ってみると、上下にブンブン、左右にクルクル動いてくれます。私は動くものに弱い、止まって学ぶタイプ?なので全くもって惹かれませんでしたが、その場にいたこども達はみんな、楽しそうにグルグル廻っていました。気持ち悪くならないの?

まあ、どうせなら、好きな色の好きな椅子で、楽しく学べたらいいよね、ということなのでしょうか。いずれにしても、選択肢があるのは良いことだと思います。いろいろなものの中から自分に合うのはこれ、と選ぶ経験を積んでいくことは大切ですし。

バランスボール「たまごろう」