先日、知人経由である国際結婚カップルから住宅設計についての相談を受けました。なにやら工務店に依頼して現在施工中だが、追加請求がかさんできており、工務店に不信感が募っているとのこと。本来ならば、家づくりを行うか行わないか決定する意思決定の初期段階でご連絡をいただくと良いのですが、今回は既に設計が完了し現在施工中とのこと。現在私は、ニューヨーク州登録建築家ライセンスと日本の一級建築士資格を持ちながら、東京都文京区にて建築設計事務所を営んでいるのですが、こうした相談は設計事務所としての仕事にはならないため通常受けていないのですが、知人からの話ですしお困りの様子でしたので、まずは話を伺うことにしました。
日本人が国内で行う家づくりでも、発注者・設計者・施工者の情報共有の不備のため問題が発生することが多々あります。まして多国籍カップルの場合は、なおさら情報共有に注意が必要です。まず、両者が共通して理解する言語にて、誤解のないように丁寧にコミュニケーションを進める必要があります。さらに、設計や施工さらには契約の状況において、文化的背景に基づく商習慣の違いが多々あります。このような状況を踏まえ、共通言語としての英語で確認していく必要があります。
旦那さんは米国西海岸出身の方、奥さんは日本人のかたで、幼稚園の息子さんと来訪されました。基本的に会話は全て英語で行なったため、旦那さんの日本語能力は分からずじまいでした。。。
ハウスメーカーか工務店か?
もともと広告を通じて知名度の高かったハウスメーカーへの依頼を考えていたそうです。しかし、実際にモデルルームを見に行き資料を取り寄せ調べていくうちに、間取りの変更が困難だったり多額の追加料金がかかったりすることが分かり、2X4による認定工法に力を入れている工務店に依頼することになりました。
同時に、住みたいエリアや予算は決まっていたので、適した条件の古家付きの旗竿敷地を購入されました。土地の購入にあたり、どのような建物がいくらくらいで建設可能か知ることはとても重要です。この工務店に相談し確認の上、土地の購入と住宅の施工契約を行いました。
揺らいでいく信頼
順調そうに進んでいたプロジェクトも、いったんボタンを掛け違うと不信感が募り、たとえ妥当なコメントであったとしても信用できなくなります。このプロジェクトの場合、以下3つの問題があったそうです。
その1:3階建てへの変更に対する説明不足
もともと2階建てで計画していたものの、間取りの関係から3階建てにすることに決定されました。設計が複雑になったために設計料も上がり、消防協議の結果バルコニーまで設置せざるを得なくなり施工費も上がってしまったとのこと。
施主として「追加でいろいろと費用が掛かるのならば前もって言ってほしかった」というのは、良く分かる話です。「時間的に引き返せない段階で増額の話がきた」というのも納得がいかないでしょう。発注者として納得いかない施主の気持ちも良く分かりますが、一方で、施主要望や指導によって追加費用がかかるため請求する施工者の立場も良く分かります。
この「間取りの関係から3階建てにすること」が決まったのが、土地購入前なのか、着工前なのか、施工中なのか良く分からないのですが、こうした大きな計画の変更は、早ければ早いほどプロジェクトコストを低下させることにつながります。
そもそも3階建てになった段階で、確認申請書に構造計算書を添付することが義務づけられること、2x4(木造枠組壁工法)は技術が一般的に公開されている工法だが、在来工法(木造軸組工法)ほど一般的ではないため、3階建てに伴う詳細設計が煩雑となる可能性があることをお話ししました。また、3階建てだと消防指導も厳しくなり、各消防管轄の担当者によって、多少判断が異なる可能性があることを説明しました。
その2:下水管と塀に対する隣家との調整
次に不信感が募ったのは、私道部分に自分の下水管か埋設されていて隣家と調整が必要になった件でした。塀の基礎も境界をはみ出していたようです。土地の購入前から相談していたのにも関わらず、十分に調べてくれていなかったのではないかと思われていたようです。
この件に関しては、下水管などのインフラや塀の基礎といった地下の状況については、一般的には掘削してみないと分からないと説明しました。目視できない地中埋設物については、土地の売買契約書や、工事請負契約書にも、注記が書かれていると思います。
その3:大型オーブンが設置できない
このプロジェクトは、基本的に日本人である奥さま主導で進んだそうです。アメリカ人である旦那さんの数少ない要望は、「大型のオーブンを設置したい」ということでした。Thanksgivingで七面鳥をローストするのは、正月のお節料理を準備するような一大イベントです。
この工務店の推奨メーカーはLIXILだったのですが、着工後の打ち合わせ中に、LIXILだと希望する大型オーブンを許容するオプション設定ができないことが分かりました。納得のいかないご夫婦は、自力で調査を始めます。結果、IKEAで聞いたら大型オーブン設置は可能とのことだったのでアイランドに入れることにしたそうです。
LIXIL製の壁沿いのキッチンと、IKEA製のアイランドキッチン。LIXILの天板と、IKEAの天板の素材を同じものにしたかったのですが、LIXILから天板のみを取り寄せ、IKEA製のアイランドキッチンの天板とすることができません。そこで、全てをIKEAにそろえたいといったところ、工務店からは、コストと工期の面で、渋い返答が。。。施主として、メーカーをLIXIL製からIKEA製に変更しただけで、ここまでコストが増額し、工期が延長されるかが分かりません。LIXILとIKEAはエンドユーザーにとっては「単にブランドが違うだけ」という感覚かもしれません。
ここでLIXIL製とIKEA製キッチンの材工(材料費と施工費)の違いについて、施工者側の事情をざっくりと説明しましょう。
まず、工務店としてLIXIL製キッチンを定期的に使うことでメーカーからの納入コストを下げることが可能です。一方でIKEA製のキッチンを入れると、想定していた割引が無い分利益が見込めなくなります。一般的に材工一式としてまとめて費用を計上している場合、価格が不透明ながらも、利益や予備費なども含め弾力的に運用しつつキッチンの発注から設置までを行います。一方、材料費が明確に算出されているIKEA製にすることは価格の透明性につながります。予備費や利益の明確な説明が必要となりすが、施主や元請からの過度な値引き交渉にもつながります。施工者として事業を継続していくためにも「適切」な利益の確保は必要です(この件については、詳細な設計図書と適切な契約が必要になるのですが、別のブログで書きたいと思います)。
LIXIL製のキッチンは、日本のマーケットに特化しているため、発注から納品まで阿吽の呼吸でプロジェクトを進めることができます。例えば、発注にあたり、LIXIL側で何度も製作図を作成し、取り合いが悪く問題が発生しそうなところについては細やかにチェックをしてくれます。つまり施工者としては安心してLIXILにキッチンを任せることができるわけです。
一方、IKEAのキッチンは施工者泣かせです。LIXILに任せるように「かゆいところに手が届く」ようにプロジェクトを進めることができません。例えば、IKEAのキッチン担当者と打ち合わせをしたとしても、後日直接連絡して改めて確認することができません。すべての問い合わせは一括して本部に回るようになっているため、詳細確認などの打ち合わせが必要になる場合は、都度IKEAの店舗に出向く必要が発生します。このような時間や手間がかかるのですが、そうした状況を理解し、施主はそのための追加費用を支払ってくれるのでしょうか?
また、組立・設置も慣れていないと面倒です。工務店自身により設置を試みる場合、慣れていない場合予想よりも多くの人工(にんく)がかかる可能性があります。また、IKEAが手配する施工者に依頼することも可能ですが、元請の工務店としては、その分利益が減ってしまいます。結果予想していたよりも工期が伸びる可能性が高く、LIXILからIKEAにキッチンを変更すると、必然的に竣工が遅れることになります。
この件については、竣工が遅れ、コストアップしても問題ないのであれば、いったんLIXILをキャンセルしてIKEAを入れなおすことをお勧めしました。確かに目先の1,2か月の工期延長やコストアップは痛いですが、これから長く使用していく住宅に対して、納得のいく仕様や設備をえらび導入することの方が、のちのちの満足につながると考えているからです。
こうして、第三者の私から状況を聞くことで、 それまでのばらばらだった情報が整理され、現状についてご納得されたようでした。もし事前に 【保存版】家を「設計事務所/建築家」に依頼して建てるまでの流れについて説明します を読んでいただけていれば、プロジェクトも順調に進んでいたのではないでしょうか。
国際結婚されたカップルの家づくり
住宅は一生に一度あるかないかの高価な買い物です。ほとんどの方が初心者であるといっても過言ではないでしょう。そこに様々な専門家が登場し、初めて聞く単語や話だらけの打ち合わせは、日本人にとっても難しくストレスがたまるものです。日本語が完璧でない方にとっては、不可思議な商習慣や専門用語をすべて理解することは困難極まりないでしょう。
現在、日本在住の国際結婚されたカップルは年々増加しています。2015年の国勢調査 によると、 男性が日本人・女性が外国人のカップルの方が、女性が日本人・男性が外国人のカップルよりも多いようです。男性が日本人の場合、妻の国籍は1位中国、2位フィリピン、3位韓国・朝鮮といった、アジア圏が主となります。
妻が日本人の場合、「その他」の国籍が一番多く、多様な国の方々と結婚されていることが分かります。以下、韓国・朝鮮、中国と続き、アメリカとイギリスがその後を追います。今回ご相談を受けた方は、この中の「日本人の妻とアメリカ人の夫」のカップルとなります。
奥様が住宅建設に関する意思決定を一身に担い、不慣れな専門用語を外国人の旦那さんに説明するのは、労力が大変大きいと思います。実際、工務店から説明を受けた時も、専門家(業者)が大人数で訪れて、いっきに説得され圧倒されたとおっしゃっていました。このような状況は、一般的な日本人のご夫婦にとっても大変ストレスがたまるものです。ちなみに、これまで弊所に設計依頼をいただいた国際結婚カップルは、全て妻が日本人で夫が外国人である組み合わせです。
今回ご相談に乗ったご夫婦が、現在建設中の住宅にご満足されるかどうかは分かりませんが、すくなくともこの説明プロセスを通じて今までの経緯について納得されたのではないでしょうか。
満足感は感覚的なことなので、その時の気分や状況で変化します。時間がたてば徐々に不満に感じることもあるでしょう。しかし、自分の意思決定に対して十分に納得したことについては、時間が経過しても満足感のようにぶれることがありません。家づくりには「納得する」という経緯が大変重要だと再認識しました。
そもそも建築設計事務所に依頼すること自体知らなかったとおっしゃっていました。ハウスメーカーは日々宣伝していますし、工務店も地域の展示場にモデルルームがあることも多いです。全て既製品で変更なしであればハウスメーカーでもよいのかもしれませんが、住まい手に多少のこだわりがあり、言語のコミュニケーションの問題がある場合、あるいは土地形状が変形地や旗竿敷地や狭小地で建築条件が厳しい場合や、特殊な生活スタイルや趣味をお持ちの施主の場合など、一生に一度の納得した住宅を手に入れるためにも、建築設計事務所に依頼する方が良いのではないかと、あらためて思いました。
後日、お礼としてリンゴ一箱をいただきました。ごちそうさまでした。
外国人クライアントとの仕事の進め方に興味のある方は、外国人クライアントの住宅プロジェクトを成功させる10のコツ もあわせてご覧ください。実は日本人クライアントに対しても同じことが言えるような気もします。国籍を超え人種を問わず人と人との信頼関係を築くことがプロジェクトを進めるうえで最も大切ですから。