はじめまして。おがさわらあさこです。

このたびウェブサイトのリニューアルにともない、アカウントを作ってblogを書いていくことになりました。

私は建築とはなんのゆかりもなく(本業は臨床心理士)たんに配偶者が建築家というだけの私。どうしたら世の中の人が読みたくなる、内容のある文章が書けるのか、見当もつきません。しかし、やるしかないという状況に立たされてしまったので、仕方ない。腹をくくります。

もともと文章を書くのは好きだと思っていたので二つ返事で引き受けたものの、いざ書くとなるとむずかしさの前に手が止まってしまうこと数週間。代表からの絶え間ないプレッシャーに耐えつつ、動かない。動けない。書いてみたいのに、書けない。どうして?私は文章を書くことだけは好きで、抵抗も躊躇もなかったはずなのに。代表の文章を読みづらいといっては真っ赤に校正していたはずなのに。気づけば白いワニに齧られて身動きがとれない。なぜなんだよう。

なぜ書けないのか。臨床心理をやっていてよいことは、こういうスランプの時に自分を止めているものがなにかを、うじうじ考えることがけっこう好きだということです(というか、好きだからこういう仕事をすることになった、とも言える)。

書くのが好きなのに書けない。どうしてか。なぜなら私が得意なのは「あったことを出来るだけ正確に、かつ簡潔に記す」ことだったからです。

会社員をしていたはるか昔、部門の景況感や社長が取引先と会食をする際に、進行中の商談などについての情報を編集する業務を担当していました。私の手元に届くのは、自分のプロジェクトを事細かに記して、社長に伝えたいという担当者の思いがほとばしる長文です。それを部門全部について、原則A4サイズ1枚に纏めなければならない。取捨選択と共に、いかに短いセンテンスで内容を伝えるか、に知恵を絞りました。

臨床心理士としては、面談の記録を書く必要があります。現在の職場ではやはり情報を凝縮・A4サイズ1枚が原則です(もちろん、必要であれば長くすることもあります)。面談の内容を、出来るだけ細かく、後から自分が読み返した時にも雰囲気が立ち上がるように、相手の雰囲気や様子など、臨場感も含め伝わるように記していきます。これも「あったことを正確かつ簡潔に」書く性質のものです。

翻ってblogはどうでしょうか。

これではいかんのです。もっと長く書かなければならないのです。そして何より、読み手が読んで面白いと思うものを書かねばならない。そう顧客目線。そんなものを全く考えないで文章を組み立ててきた私にとって未知の領域であります。こ、こきゃく?よ、よみて??

手探りで始めます。はじめるにあたり、テーマを3つに絞りました。

一つ一つ説明します。

 

テーマ1:住んでみた建築家の建てた家~小笠原正豊の設計した家に住んでいる人が教えるいいこと悪いこと~

【わたしの仮説】多くの場合、著者と建築家の関係が良好で、建ててもらって良かった!という人が本を書くわけなので(またはその真逆というケースもありましょう)、すでに選別がされている「良かった」「悪かった」という内容に偏りがちである。ユーザー目線で、かつ配偶者(妻)という立場で上げもせず下げもせず、いいところもわるいところもお伝えしたら読んでもらえるかもしれない。

具体的な例をAmazonの書名検索を例を取って示します;

「建築家 家 建てる」で検索すると新旧取り交ぜて35冊もの書籍があがってきます。これらはざっくりいえば、建築家と家を建てるとはどういうことなのかがわかる本。

一方で「住んでみた建築家の建てた家」と検索すると・・・ゼロ!

つまり作るプロセスについての情報はあるけれども、作った後住んでみてどうか、住み続けていくとどうなるか、どうだったか、ということを個人が定点観測的に、そして長期的に記したものは(今のところ)あまりなさそう。

さきほどの35冊の本の内容について探ろうと一つ一つクリック。ん?まてよ??本のタイトルになんだか違和感。

「たったひとつの」そりゃそうだ。

「よい」は?誰にとって?よいの定義って人によって違う。

「予算内で」とても大切。

「幸福な」え?

「理想の」え?

「最高の」えええ?

これらのキーワードを、未婚の方は「お付き合い・彼氏・彼女・デート」(まあなんでも良いです)、既婚者の方は「結婚」に当てはめてみてください。

結婚(生活)って、清濁併せ吞みながら、喉元過ぎれば熱さを忘れ、白黒グレー濃淡ありまくりの山あれば谷ある中、心頭を滅却すれば火もまた涼し、そして禍福は糾える縄の如し、という日々の連続だというのが私の実感です。家もそうなんじゃない?実際のところ、きれいな表面を削ったらどんな現実があるのか、どんな生活が待っているのか。知りたくないですか?

であるならば、本当のほんとうの気持ち、を俎上にのせることを本業とするわたしが小笠原正豊が設計した家に住むとこうなる、ということを良いことも悪いことも記していけばいいのかも・・・読みたいですか?どうでしょうか。パフピース(提灯記事)にはしない約束で、いいこと、悪いこと、やってよかったこと、後悔していることをバカ正直に一つ一つ書いていきます。実際にあったことを簡潔に書くことが生かせる領域かもしれません。

テーマ2:建築と心理臨床のあいだ(赤と青の二冊が頭に浮かんだ方、同世代です)

【わたしの仮説】建築と心理をガチンコで重ねた文章はあまり目にしないので珍しいから読んでもらえるかもしれない。

建築もカウンセリングも「クライアント」(日本の臨床心理業界ではクライ“エ”ントと呼ぶところもあるが元の英語はClientでいっしょです)と対峙する仕事といえます。共通点や、相違点、そして建築家(正豊)と心理臨床家(麻子)の組み合わせで起こることなどについて考えたことを書いてみたらどうかしら。実際に、ミーティングに出席していてこれはセラピーセッションと通じるものがある、と常々思っている部分でもあります。

再びアマゾンで検索したところ、建築と心理(臨床)でヒットした書籍は僅か41冊、その多くが環境心理学系で、いわゆる臨床心理と建築、を正面切って組み合わせた内容のものは少なかった。これがamazon.comでarchitecture、psychologyで探すとどうでしょう・・・2,870冊!!多いです。米国では単にそれだけ心理学というカテゴリーの細分化が進んでいるからなのか、日本において心理学と産業全般がつながっていないからなのか、はたまた占いやスピリチュアルに凌駕されてしまっているからなのか。この辺りも探求してみたいところです。

テーマその3:その他

二つ考えて力尽きてしまったので、これ以外は3に入れる、ということにします。

自分(だけの)目線をずらす、他者の立場に立って、ということは頭の中である程度抽象的に理解することは出来ても、実際やってみるのはひじょうに難しいと痛感しています。

セラピストとしての自分と対峙するクライアント、または正豊と麻子、この二者関係(dyad)から抜け出すことから始めなければならないのです。

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