家の中でひとりになりたい。
家族から距離をおいて、落ち着いた時間を過ごしたい。
でも個室に籠るのは違う。

そんな風に思ったことはありますか?
こんな記事を見つけました。

22歳~39歳の既婚女性168人に聞いてみました!
Q1 どのようなときに「ひとりになりたい」と感じることが多いですか?
疲れたとき              61.3%(103票)
イライラしているとき         53.0%(89票)
読書やネットなど趣味に没頭したいとき 43.5%(73票)
とくに理由はなく、何となく      21.4%(36票)
夫とケンカしているとき        20.8%(35票)
泣きたいとき             19.1%(32票)

上の回答はどれも、心身を休めたい、安全な場所でほっとしたい、自分を刺激から遠ざけたい、という希望が表れています。そして「とくに理由はなく、何となく」ひとりになりたい時もある。ではそんな時、どうしているのか。

Q2 ひとりになりたくなったら、どのように対処していますか?
我慢する             36.3%(61票)
家の中でひとりになれる場所を探す 32.7%(55票)
外に出かける           23.8%(40票)

1位はなんと、「我慢する」です。対処のしようがない、と思われていることの表れなのでしょうか・・・。2位の「家の中でひとりになれる場所を探す」からは、ひとりになるための決まった場所がしつらえられていない、ということも窺えます。3位の「外に出かける」は、本来ならば王道の選択肢なのはずですが、どうして3位?回答された年齢層(22~39歳)、既婚であること、という条件を鑑みると、「子育て中でなかなか自由な外出がままならない」方が多いのでは、と推察されます。家族から離れてひとりになりたい必要性を感じるにもかかわらず、なかなか瞬時にはそれを得られない状況がみえてきます。

この「ひとりになりたいという必要性」を捉えて、それを実現した実例として最もわかりやすいものに、震災などの避難所における間仕切りがあげられます。

建築家坂茂氏の考案によるこの間仕切りシステム(Paper Partition System4)は、大規模な避難所生活での生活ではプライバシーが得られないと自家用車で寝泊まりするなどし、コンパートメント症候群(エコノミークラス症候群)に陥る方々に対する有効な支援策のひとつとしても非常に注目されています。広い体育館が仕切られていた様子をご記憶の方も多いのではないでしょうか。人の目が気になるストレスを解決する手段としての個空間が、紙の筒と白い布(夏にはもっと薄い布になる)という簡易なシステムによってみごとに実現されています。

PPSを設置した避難所の様子(東日本大震災)Shigeru Ban Architectsウェブサイトより

実際には、この間仕切りシステムでつくられるスペースは「ひとり」ではなく「家族」を対象としていますが、いずれにしても「他者」から隔離されたいといった希望を実現する装置です。これらは、カプセルホテル・インターネットカフェ・マンガ喫茶のように「視線は遮られているが、隣の物音や気配は伝わってくる空間(南後由和『ひとり空間の都市論』より)」と同質の空間になるのではないでしょうか。

なぜ人間はひとりの空間を求めるのか

パーソナルスペース
人が人から距離を置きたいということはどのようなことなのでしょう。文化人類学者のエドワード T ホールは

人との距離を保つことそれ自体が非言語コミュニケーションの一つ(Wikipediaより引用)

だというのです。彼はパーソナルスペースの広がりをこのような形に表しています。

Edward T Hall’s Personal Reaction Bubbleの図 (Wikipediaより)

よく言われるのが親密さの空間が自分から0-45㎝の距離にあり、個人的な空間は45-120㎝、社会的な空間は120-350㎝、そして公的な空間は350-700㎝(以上)というものです。

想像してみてください。広い教室に入ってみると、最前列にひとりが座っている。あとは空席・・・どこに座りますか?「その人のすぐ隣」ではなく「ある程度離れた、自分にとって多少なりとも快適そうな場所」を探して座りますよね。一般的な椅子の座面幅が40㎝であることを考えると「座席一つ分は空けて座りたい」というわたしたちの何気ない行動の背景にはホールの提示した「個人的な空間」つまり「人は、最低でも45㎝程度は自分のために確保しておきたいのだ」という習性にたどり着きます。この“45㎝”ミニマムな個人空間について調べているうちに、こんな社会心理学の実験をみつけました。

近すぎるとでない? How close is too close?

ある社会心理学実験によると、トイレで異様な近さで脇に人が立っていると、そうでない時(周りに誰もいない)にくらべて男性の排尿時間が2倍もかかってしまうのだそうです。

The Psychology of Personal Space(YouTubeより)

そして、仕切りがあるとその時間はさらに縮まるのだそうです。
私は女性なので分かりませんが、男性の方、どうでしょう。

パーソナルスペース、つまり人と人との距離感は文化背景によっても異なると考えられます。ここでは東京の建築設計事務所のブログとして日本の住空間を考えているので、日本において、ひとりの空間を求めている人が住んでいる「家」というものに焦点をあててみましょう。これまで日本人はどんな家に暮らし、その中でひとりになれる空間は歴史的にどのようにあつかわれ、どのような変遷を遂げてきているのでしょうか。

日本人の暮らし方とひとりの空間~歴史的経緯~

長屋~江戸時代~
江戸時代は長屋住まいの人が多く、これは四畳半一間に家族が4人で暮らすような状況だったといわれています。調べてみると、どうやら、個室を求め、また与えられることが叶ったのは武士階級だったようです。それでも、昔の日本家屋では襖や障子など、遮るものは視界であって音ではなかったのでしょう。限りなくオープンに近い、ゆるく仕切られた家族空間だったといえます。

アパートの台頭~戦後~
時は流れ、関東大震災を契機に不燃の集合住宅が求められる中で建設された同潤会アパートを筆頭に、集合住宅が増えていきました。ざっくりとした言い方をしてしまえば、サラリーマンと専業主婦、という夫婦の役割分担による郊外型のライフスタイル、核家族化も進むなかで、住宅における間取りとしての個室が存在感を増していきます。しかしこの時期も、たとえば団地というスペックでいえば部屋の仕切りは襖であるものとも多く、まだまだ「視界も音も遮られた個の空間」への変化は緩やかだったと思われます。

郊外型一戸建てへ
住宅開発が郊外へ向かっていった時代には、所謂ニュータウンなどと呼ばれる新興住宅地が数多く造成されていきました。そこに建てられる戸建て住宅は、夫婦+子どもという核家族で、それぞれに個室があり、場合によっては夫の書斎があったりする・・・また、「主婦コーナー」という形で、家庭を治める人(おもに女性の役割とされた)のための居場所も表れてきました。

そして現在~個室の増加~
巷に流通している新築マンションの間取りをみても、明確に区切られた空間としての寝室や子ども部屋がデフォルトとなっています。なぜでしょうか。

中高生が子供部屋をどのように使うか、という研究(「中高生における子供部屋の使われ方: 発達に伴う子供部屋の意味の変化に関する研究」日本建築学会学術講演梗概集2004.8より)では個室で「どの学年でも勉強・読書・音楽鑑賞・趣味活動が総じて高い割合を示している」とのことです。

いずれも

「他者と関わらず・邪魔をされずに一人で集中したい」活動

です。個室によって得るのは、一人の時間。静寂。落ち着き。思考。心休まる時間など。では反対に、個室にいることと引き換えに失っているものはなんでしょうか。家族との時間。一体感。会話。いずれもリビングやダイニングに集うことによってもたらされる「情緒的な繋がり感」の要素といえます。

個室のメリットとデメリット

このようにライフスタイルが西洋化するなかで、個室化も浸透していきました。何かを得るということは、一方で何かを失うともいえます。ここで個室化のメリットとデメリットを挙げてみましょう。

メリット
・ひとりでいられる
・子どもの自立/自律を促す
・静かに休むことができる
・他者に邪魔されずに勉強や作業に集中することができる

デメリット
・部屋として区切ることにより、一つ一つの部屋が狭くなる
・中でだれが何をしているのかわからない
・家族間の自然な交流・会話が減る
・体調の変化など、急を要する事態への対応がおくれる

オープンな家族空間のメリットとデメリット

現代は、個室が増えた反動からなのか、「みんな」で「いっしょに」いることが殊更に評価されているように感じられます。リビングルームに代表されるオープンな空間に家族が集う、という光景が家族の理想像であるかのように広告されていますし、「ママがいつでも見守るリビング」とか「家族が一緒に過ごす家」などという「家族の息遣いをお互いに感じながら過ごす」というライフスタイルを是とする傾向がつよく、家の間取りもそれをなぞる形で提案されることが多くなっています。

メリット
・空間を広く使える
・にぎやか
・家族同士で自然に交流する機会が得られる
・介護に必要なスペースが確保される

デメリット
・家族間プライバシーの欠如
・うるさい
・視覚・聴覚刺激が多く、集中することが困難

家族が一緒に集まる空間を優先し、個室を最小限とすること自体はライフステージによっては必要ですし、求められるべきものです。しかし時間の経過とともにニーズが変化する視点が抜けているような気がします。例えば、子供が小さいときは何かあってもすぐに駆け付けられるような「手をかけ目をかけ」やすい部屋が機能的にも望ましいのが、成長とともに、自分のことは自分でできるようになり、大人が手伝う割合が減っていきます。日常生活での目配りは、乳幼児期ほど密には必要ではなくなっていくでしょう。さらに思春期を迎えると、子どもの方から距離を置くことを求めだし、やがて独立する。 その時にはこれまでの「目配りの効く」部屋が、家族形態にはそぐわないものになっているでしょう。家と間取りについてのこの研究では

夫婦の視点で家族関係と住宅との関わりを考えてみると、子育ては家族にとって限られた期間であり、 夫婦二人だけで過ごす期間の住まい方についても考える 必要があろう。

と言及されています(「家族関係と住宅の間取りの研究」JICE Report第8号/2005年国土技術研究センター刊より)

また、子育て期に限らず、たとえば夫婦ふたりの生活に、要介護の親が加わる場合なども変化のポイントです。親御さんだけでなく、介助のために訪問して貰うヘルパーさんや医療技術者など、様々な第三者の日常的な存在を前提にした自分や家族の居場所を考える必要も出てきます。そしてやがて来る自分の介護の時に、どのように「距離を置きながら一緒にいられる」のか。想像してみただけでも、これだけの変化に見舞われるのが、家の中のオープン空間なのです。

個室のメリットとデメリットは、オープンな家族空間のメリットとデメリットとまさに表裏一体です。では、個室とオープン空間、それぞれの良さを兼ね備えた、いわばいいとこ取りの空間を作り出すことは出来ないのでしょうか?

家族空間の中でひとりになるための工夫

物理的な仕切りとしての箱をおく。
この記事を書くためにリサーチをしていたところ、「だんぼっち」という段ボールでできたひとり用の空間箱を見つけました。なんでも、ゲームショウで一人用のブースを即席で作ったところ好評で、商品化されたということです。そして孤独に浸るためだけではなく、たとえばしゃべったり、録音するお仕事を家でなさりたい方や、カラオケの練習を心置きなくされたい方、はたまたゲームを音を気にすることなくされたい方など幅広い用途があるようです。このほかにも、よく子供のおもちゃとしての段ボールハウスもその一つに数えられますね。子どもであっても、一定の年齢になれば、常に保護者が見えるところにいたい、そばにいたい、と思うこともなくなり、そんな時段ボールハウスで親の目から逃れてほっとすることも必要なのでしょう。秘密基地やキャンプごっこなどで小さく空間を仕切って隠れる遊びをするニーズの中にはその子どもなりの「ちょっとだけ、ひとりにさせてよ・・・」という願いが隠れているのかもしれません。

ひとり空間用の家具を置く
ひとり空間、という観点で家具のラインナップを改めて眺めてみると、いわゆる名作といわれる有名な作品から、気軽に手に入れられそうなものまで、さまざまな種類があることがわかりました。そのどれもが「すっぽりと囲まれて座る」という形状になっているところが興味深いです。

中でも一番有名なのはこの“エッグチェア”(アルネ・ヤコブセンのものとは違いますので念のため)。1968年にデンマーク人Henrik Thor-Larsenによってデザインされました。MIB(メンインブラック)でWill Smithが入隊のための適性テストを受けるシーンに使われていたので、覚えている方もいらっしゃるかもしれません。

エッグチェア(写真のモデルはデザイナーご本人)Ovaliaのサイトより

イタリアからはこちら。

tuttomio(Campeggi社サイトより)

 

そしてこどもにも気軽に使ってもらえそうなのがこちら

IKEA 回転式アームチェア(IKEAウェブサイトより)

【おまけ】
國立歌劇院(台湾・台中市)のショップで見かけたこちら。

イヤホンで物理的に音を遮断する。
これは建築設計的な工夫ではありませんが、音楽やラジオをイヤホンできくこと=それ以外の音を遮断する聴覚的な仕切りといえるでしょう。自他境界を聴覚的に作りだすことで、自分だけの個空間を確保することが可能です。没頭するレベルとまではいかなくとも、片耳だけ、あるいは低音量で、など臨機応変に変えられる良い手段だと思います。このような視覚的に遮られなくても、音でカバーされれば良いという指向は、音に敏感なタイプの人に多いのかもしれません。住環境の質を上げるという方法はそれぞれの好みにもよるという点は、別途調べていきたいポイントです。

デザインによって実現する~当建築設計事務所の事例から~
さいごに実際に当建築設計事務所が携わったプロジェクトを例に見てみましょう。
ひとり空間その1: 「キッチン奥のわたしゾーン」
やりかけの仕事を置いておける自分だけの場所であり、キッチンの延長ではなくわたし“だけ”のゾーンのことです。外出から帰ってきたら、荷物(バッグ)をちょい置き出来るスペースとしても使うことを重視されていました。

このスペースは、キッチンのななめ後ろ、窓に向かって座る形になっています。つまり、リビングダイニングに背を向けて座る。この「背を向けて」というところがポイントに思われます。キッチンそばに“主婦コーナー”と称して書類仕事のため作ったデスクのようなものをこれまでいくつも見てきましたが、それらはどちらかというと「家族に目配りができるように」という観点で作られていました。しかしこのスペースは、家族に背を向けて自分だけの空間・目に見えないが気配は感じる場所として設計しました。

ひとり空間その2: 「セミオープンな奥の書斎・メディアエリア」
リビングルーム奥に設定したご主人の書斎・メディアエリアとの仕切りについては「壁は閉じなくていい。音は漏れてもOK。オープンになり、気配を感じるぐらいがいい」というリクエストがありました。

「私から見えなければ(夫や子どもたちが)多少自分の趣味に合わないことをやってもらっても構わないが、視覚的にはそれを目の当たりにしたくはない」

音は漏れても姿はみえないことへのこだわり。世代や年齢、趣味嗜好の異なる4人の人間が一つの空間に住まう上での現実的な割り切り。己を知る非常にまっとうな要求です。

このエリアは、ときにこどものかくれ場所としても使われます。「家族が目に入らない」ということはこども目線からすれば「ママの目に入らない」ということです。ここでお父様とお嬢様方がゆったりテレビを観たりする休憩スペースにもなっているとのこと。

このように書斎エリアは時間帯によって休憩エリアとしての機能を担う場合と、国内外の出張も多く多忙なご主人様の執務スペースになる場合があるそうです。夫婦で異なる場所で仕事をしつつも、お互いの気配は感じるという距離感が表現された空間となりました。

家具の上部は開かれているので音や気配が伝わる

ひとり空間その3: ヌックをしつらえる

ヌックとはなんでしょう?

-直角のコーナー
-ふたつの壁から成る室内の角
-隔離された、または囲まれた場所や部分
-大きな部屋の中にある小さくくぼんだ部分
Merriam-Webster辞書サイトより(和訳筆者)

囲まれ感については、エッグチェアなどには及ばないものの、部屋のすみの壁際に設置されていることや、下の写真のように足を延ばしたり、座り込んだりする自由な姿勢がとれることが、ヌックの特徴といえます。

ご家族は、ひとりひとりの時間や過ごし方、趣味や仕事を尊重した共有空間を模索されていました。このように、①わたしだけのゾーン、②書斎・メディアエリア、③ヌック、という3か所の「家族からすこし距離を置いていられる場所」のご要望を実現させたこのプロジェクトは、「家の中でもひとりになれる空間」という観点をデザインによって実現した当建築設計事務所の中でも印象深い例となりました。

【まとめ】

家の中でひとりになりたい。
家族から距離をおいて、落ち着いた時間を過ごしたい。
でも個室に籠るのは違う。

このブログでは、オープンな家族空間の中でひとりになるためにできる6つの工夫について考えてきました。

工夫1 物理的な仕切りとしての箱をおく
工夫2 ひとり空間用の家具を置く
工夫3 イヤホンで物理的に音を遮断する
工夫4 キッチンと隣接したコーナーをつくる
工夫5 壁で仕切らない視界を遮断したエリアをつくる
工夫6 ヌックをしつらえる

これらに共通する「おちつく」要素とはつまり、

家族と適度な距離が保てると、おちつく
自分だけのテリトリーにいられると、おちつく
コーナー(壁や板)に物理的に囲まれていると、おちつく

当建築設計事務所の事例からもわかるように、

視界に入らないが気配は感じる

ということに尽きるのかもしれません。

個室でも、フルオープンでもない、双方のいいとこどりのひとり空間。
ここには挙げていないやり方や、お勧めのしつらえ方があれば、ぜひ教えてください。

追記

臨床心理士/公認心理師の立場からのblogです。住宅では、とかくモノとしての建物について語られがちですが、実は建物を実際に使用する人にとってどのような環境になるかの方がより大切です。臨床心理士の自分もblogを書きます も是非併せてご覧ください。

臨床心理士/公認心理士から見た「空間づくりのポイント」についてのインタビュー記事が掲載されました。(lifeplus「居心地の良い距離感」より)