現在は、建築設計事務所を主宰するとともに、東京電機大学の准教授として「設計」全般に関する研究も行っています。「設計者間の設計分業について」というテーマの海外調査のため北米に訪れた時のレポートです。

昨年末2018年12月4日にImpact Hub Tokyoで行われたNY/Boston調査報告会についてです。大学時代の同級生でNY滞在時期も重なっていたNoizの豊田さんにモデレーターと会場設営を引き受けていただきました。豊田さんとの掛け合いのなかで進行しましたが、適宜会場からも質疑やご意見をいただき3時間弱におよぶ長い報告会となりました。

録音を聞いて書き起こしましたが、不足点や修正点などあれば、是非ご連絡ください。特に、ご質問ご意見いただいた方で、お名前を失念や取り違えている場合、またはお名前を掲載しない方が良い場合など、是非ご一報ください。また会場からのご発言はあくまでも個人的発言であり、各組織を代表しているものではないことを十分ご留意ください。以下敬称略。

報告会開始

豊田 「設計という職能とは」もしくは「施工と設計との分離とは」ということがネット上でだいぶ話題になっていました。最初は写真のスライドを見せる報告会ということでしたが、もう少しちゃんとしたプレゼンテーションをしていただけるとのことで、今日この機会を持たせていただきました。改めて小笠原正豊さんです。結構な報告量があると思います。できる限りフリーなディスカッションをしたいということでしたので、私の方からも途中で茶々を入れますし、客席からもどんどん途中で質問・意見してください。

1.問題意識

小笠原 今回のプレゼンテーションでは大きく4つに分けてお話をしたいと思います。この1と2の間および最後に質問の時間を設けたいと思いますが、途中でご質問やご意見をいただいても結構です。今回集まっていただいている方は、設計関係者・施工関係者・メディアの方など職能に応じて異なる専門的知識をお持ちです。是非この機会に異なる知見を持ち寄って、面白いディスカッションができればと思っています。まず初めに、問題意識ということで、何を考えているかから始めたいと思います。

小笠原 まず自己紹介から。(スライド読み上げる)今回NYとBostonへの調査にあたって、GSD (Harvard University Graduate School of Design)在学中の経験、NYのPei事務所(Pei Cobb Freed and Partners)で働いていた時の経験、MIHO美学院プロジェクトに携わったときの経験、生産研での経験の4つが、かたちづくっているのではないかと思っています。

小笠原 GSDで手摺を作る課題がありました。東大にいたときは、木を削ったり鉄を溶接したりする機会がほとんどなかったのですが。こうして生の素材を手で作ることが建築にとって非常に大事だと感じました。

小笠原 これはUS National Cad Standardというものです。アメリカにはCADのLayer Standardというものがあります。例えばここにA-wall-fullと書いてあるのは、フル・ハイトの壁を示すレイヤーの名前です。AIA (American Institute of Architects)も関係しているこのスタンダードですが、レイヤー名がバラバラだと設計チーム間で情報共有がうまくできないため、アメリカ全土でこのように標準化が進められています。日本の大手組織設計事務所内では、会社内のスタンダードがあるかもしれませんが、会社組織を超えて外部のコンサルタントとはレイヤーの共有ができません。アメリカの場合、例えば構造事務所を外注する場合、構造設計者はSで始まるレイヤーを使うため、意匠の人が構造の設計図面を見ても何のレイヤーだか分かるようにできています。アメリカでも各事務所によって多少ローカライズされているものの、基本的にこのスタンダードに従っています。日本に帰国したとき、日本ではこのような標準化が進んでいないことにショックを受けました。

小笠原 これはPei Cobb Freedで関わったプロジェクトの分業状況を示す表です。みな専門職の方々ですが、役割や責任を明確にしたうえで一つのプロジェクトチームとして動くという前提条件が明確になっていることが分かります。

豊田 これって15年前くらいのものですよね。

小笠原 このプロジェクトは2000年から2004年ですが、このような分業を明確にするシステムはおそらく手書きのころからあったのだとおもいます。

小笠原 これは契約図がどのような構成をしているのか示すCSI(Construction Specification Institute)の出版物から引用した図です。アメリカにはSpec Writer(仕様書作成者)という職能があります。設計図書の中で実施図面がとかく強調されがちですが、本当は実施図面と同じくらい仕様書は重要です。実施図面と仕様書が組み合わされて設計図書となり、契約に至るためには契約条件や追加情報などを追加する必要があり、それでようやくプロジェクトとして成り立つわけです。日本では仕様書の重要性があまり意識されていないのではないかと思います。

小笠原 これは帰国後数年してから、NYと日本とでチームを組んで取り組んだプロジェクトです。2007年に設計を開始して、2012年に竣工しました。このプロジェクトの中にはPeiさん人生最後のプロジェクトであるチャペルがあります。外装材として18mのステンレスパネルを51枚、内装材として赤杉の小幅板およそ8000枚を使用しています。NY側でRhinoデータを作成して、日本側ではゼネコンの丹野さんを中心としてさらに施工可能な状況までRhinoモデルを作りこんで行きました。

豊田 これって何年ごろですか?

丹野/ゼネコン 描いたのはおそらく2009年頃だと思います。

豊田 まだ2009年の時点で、しかも施工でGrasshopperをこんなに使っているの見るのは初めてで、当時びっくりした覚えがあります。あれが丹野さんだったんですよね。

小笠原 現場常駐監理していた頃、丹野さんが「実はGrasshopperというものがあってね」とかなり嬉しそうに話されていて。(笑)そのような設計手法があるのだと強く記憶に残り、Auto Cadで表現することだけが設計ではないということを強く感じた経験となりました。これはGrasshopperで配筋を自動的に調整・生成することを示したものですね。3次元の形状は2次元では監理できません。自分自身の中で、設計の概念が変化し始めた時期だと考えています。

組織設計事務所における設計分業体制に関する基本的考察_日米建築プロジェクトをケーススタディ対象として

小笠原 帰国してから様々な疑問が浮かび、いままで考えたことを是非論文にしてみたいと思い野城研究室のドアをたたきました。これは日米の組織設計事務所の分業体制を比較した図です。アメリカではSD (Schematic Design)、DD (Design Development)、CD (Construction Document)、CA (Construction Administration)として設計・監理フェーズが進みます。アメリカでは様々な専門性を持った人がプロジェクトのフェーズに応じて入れ替わることによって設計チームができる傾向がありますが、日本ではいったん設計チームができると最初から最後までプロジェクトに参加する人が固定される傾向があります。

豊田 ちなみにSD、DD、CDについてですが、うち(noiz)では一応、 SDは基本計画、DDは基本設計、CDは実施設計という形で普段直訳して使ってるんですが、日本とアメリカでは同じ実施図(CD)と言っても結構違うところがあって、この直訳は正直違和感あるんですよね。日本の場合相応の規模だとあらためて現場で施工図書いたりするので、日本の実施図はアメリカでいうとDDとCDの間くらいのイメージじゃないですか。アメリカ時代の実施図って、まさにそれで施工されるから責任感も半端なかった記憶あります。その辺どうなんでしょう。

小笠原 話し出すとすごく長くなります。(笑)単純に翻訳できません。例えば、明治時代のある時期までは、施工図はもともと設計者が描いていたようですが、現在では施工者が描いています。このあたりについては、より細かく調べる必要があると思っています。アメリカと日本を比べると直感的には、CD50%とかDDフル位が、日本の実施設計程度だと考えています。アメリカでは、あくまでも「その情報で建てられます」というところまで描きます。同時に仕様書もしっかり書き込むわけです。

豊田 日本で実施設計をやっていた立場でアメリカに行くと、アメリカの基本設計と実施設計の間までしか設計を行っていなかったなと感じますね。

小笠原 設計者が施工者と一緒に施工図を作っていくということが、日本の強みでもあり弱みでもあると言えると思います。今後5年10年で、このあたりをどのように線引きするか、かなり重要な話題になってくると思います。

豊田 現場で見ながら良いものさがそうといったスタンス。

小笠原 そうですね。でも時間やお金の余裕がなくなった中で、どのように進めるのでしょうか。結果として発注者は「ゼネコンさん全部お願いね」とする状況が生まれつつあるのだと思います。

専門工事業者による設計協力に関する基本的考察_日米エレベータ設計をケーススタディ対象として

小笠原 設計協力はとても面白い状況だと思っています。例えば日本では、エレベータの専門工事会社さんが作成した設計情報を、設計事務所の図面枠の中にそのまま入れる状況があります。しかしアメリカでは、Vertical Transportation Consultantという専門のコンサルタント職能として成り立っていて、アーキテクトはそこからエレベータに関する設計情報を買うことになります。発注者からアーキテクトにお金が支払われて、そこから分業したコンサルタントに対価として支払われる環境が整備され、設計と施工が分離する傾向があります。この図はCADを前提としていますが、実はBIMになると、この状況が少しずつ変わってきていると考えています。
一方日本では、メーカーさん専門工事業者さん、皆さん情報を無償で渡してくれます。その場合、設計情報の役割や責任の所在が不明確になり、ライアビリティの問題が発生します。一方で悪いことばかりではなく、専門工事業者内の設計・施工間で情報が流れるわけですね。発注者や設計者のニーズやシーズが、フィードバックされやすい社会システム・生産システムであることは、日本の強みです。

A Comparative Study of the Design Process in General Construction Companies and Design Firms in Japan

小笠原 これは組織設計事務所とゼネコン設計部の比較です。どのくらい働いているかという物量を比較するのは困難なので、時間という単位にて両者を比較したものです。ゼネコンの設計部では、フロントローディングであり基本計画・基本設計に対して比較的長い時間をかけるのですが実施設計ではそこまで時間をかけないで施工につないでいきます。一方組織設計事務所では、実施設計に進めば進むほど時間をかけているようでした。調査対象としたプロジェクトは、ゼネコン設計部では設計施工一貫、組織設計事務所では設計施工分離を前提としたものでした。今現在では、設計施工一括いわゆるデザインビルドが増えてきているようですね。

豊田 ちなみに会場には、日建設計さんとか竹中工務店さんとかいらっしゃいますが、実際このような違いは感じますか?

中山/ゼネコン ゼネコン設計部の者です。最近は設計施工一括が増えてきています。組織設計事務所の人がここまで実施設計に時間をかけているのかが疑問です。(笑)結構どうとでも解釈できるゆるい図面を描いて、施工者さんに責任が行くように。

豊田 ここで、ゼネコン対設計事務所の対立になってきたような。(笑)

中山/ゼネコン よっぽど効率化しないと、設計事務所が図面を描き切ることができないのではないか。例えばパタン化するとかして。

豊田 設計事務所の立場で言うと、僕たちがいくら描いても、ゼネコン仕様に変えられてしまうので、描いても仕方がないといったことがありますよね。いくら描いても、うちではこれはできないからと言って変えられてしまうとか。

中山/ゼネコン それは設計事務所とゼネコンの力関係で変わるのでは?(笑)

石澤/ゼネコン  ゼネコンの中も一枚岩というわけではなく、設計から施工へと常に情報がスムーズに流れているかというとまだ課題が多いと思います。基本設計より実施設計が概して短いかというと、プロジェクトによってはかなりとりまとめが厳しいので常にそうではないように思います。

豊田 ちなみにこの中で、組織からゼネコンに行かれた方はいらっしゃいますか?両方知っているという方は?残念、いないみたいですね。

小笠原 ちなみにこれは、5大ゼネコンの方々に設計施工一貫プロジェクトを2プロジェクト以上持ち寄っていただき、トップ5社の組織設計事務所の方々に設計施工分離プロジェクトを2プロジェクト以上持ち寄っていただいて整理したものです。各プロジェクトが、何平米だったか忘れてしまったのですが、あまりに平米数が小さいプロジェクトや大きい都市開発のようなプロジェクトは除外しています。

村井/組織設計事務所 %で記載されているのですが、時間の総量はいかがでしたか?

小笠原 結構近かった記憶があります。当然、床面積が大きければ長くなるし、小さければ短くなるという傾向はあります。

安井/組織設計事務所 ゼネコンさんの場合、設計施工一貫とのことでしたが、この数字の中で実施設計の中に生産設計は入っていますか?

小笠原 入っていません。設計部隊が設計を施工部隊に渡すまでと考えています。

中山/ゼネコン 基本設計の段階でもゼネコンが決まっていれば、設計事務所に協力することがあります。だからといってゼネコンが図面を書くわけではなくて、設計事務所に対して、おさまり検討やコストを安く抑えるための検討協力をします。

アーキテクト間の分業に関する基本的考察_米国建築プロジェクトにおけるMatrix of Responsibilitiesを研究対象として

小笠原 アメリカでは分業をしっかりと記述します。Matrix of Responsibility というものがあって、Design Architect(監修者/基本設計者)とArchitect of Record (実施設計者)が協働状況を記述します。設計対象が巨大化複雑化すると、そもそも一人または一組織では設計しきれなくなりますよね。アメリカは国土が広いので、面白い発想を基にクライアントから仕事を委託される事務所と、建設が行われる地域で申請や実施設計全般の実務を担う事務所とが分業することがよくあります。

豊田 アメリカは建築士のライセンスが州ごとなので、アメリカでライセンス持ってても登録と別の州だと結局ローカルアーキテクトと協働しないといけない。

アーキテクト間の分業に関する基本的考察_米国建築プロジェクトにおけるMatrix of Responsibilitiesを研究対象として

小笠原 意匠設計者がどのように役割を切り分けて、いつどのような情報を作成するのかについて、9プロジェクト分ヒアリングしてまとめた研究です。当然ですが、SDの時にはDesign Architectの役割が大きいですが、CDになるとほとんどの役割がArchitect of Recordに渡されます。CAの時は、マテリアルやサンプルやモックアップの承認などのみDAの役割となります。

豊田 実質僕らが海外でやるのと同じような構図ですよね。

小笠原 はっきりとしたことが分からないのですが、日本には言葉の壁があるので、より早い段階で日本側に移譲されるのではないでしょうか。クライアントによっては、外国人建築家のブランドさえあれば良いと思う人もいるでしょうね。

豊田 アメリカだと国内だからこそ、より明確にならざるを得ないということですね。

小笠原 日本では建築家という名前を使うことが一般的ですが、自分の中では何となく違和感があって、設計者という方が良いのではないかと思っています。

豊田 今回のポスターの肩書も、建築家ではなくアーキテクトにしてくれと。

小笠原 現在JIA(日本建築家協会)にて、様々な方々と建築家の職能について話し合っていますが、建築家ではなく専業の建築士と呼ぶ方が、もうすこししっくりくるのではないかと。以前,安井さんがおっしゃっていましたが、手書やCADの時は、ドラフツマンが作図をした図面に対して設計者が赤を入れることがありますが、BIMになるとコンピュータの中で何が行われているか見えないことが問題になるとのことです。そうなると、設計上の細かい意思決定は、指示をする人ではなく、BIMで作図している人が行っていることになり、BIMの作図している人こそが設計者である可能性がありますよね。BIM作図の指示を出している人は、その他の別次元での意思決定をしていることになるわけですが。
Pei事務所ではどんなに年をとっていても、皆自分で図面を書いていました。そもそも設計者・建築家なのですから。しかしながら、話を聞く限りでは、組織設計事務所やゼネコンの設計部では、自分で図面を描かないで、実施設計図書をいわゆる図面屋さんのような人が描いてそれに赤を入れることが設計をすることだと。これは自分の目で確認したわけではないですが、何人の人からそのような話を聞きました。それって本当に設計者なのかと思います。
実は、広義の意味では、CADやBIMオペレーターも皆設計者であり、優劣がある訳でもなく、だれが何を行うかという役割があるだけだと考えます。大きなプロジェクトをマネジメント役割は、それはそれでとても重要な職能なのですが、その人がすべての設計を行っているわけではないですよね。

豊田 設計者の中にいろいろな役割があって、その中に設計指揮者みたいな役割があると。例えばピアニストもいるし、チェロの人もいる。それぞれソロも協奏曲もできるし、オーケストラの一員でもあるみたいな。

小笠原 Pei事務所にいたときは、プロジェクトマネジャーとプロジェクトアーキテクトがいました。プロジェクトマネジャーは、時間やコストのマネジメントをしてプロジェクトが円滑に進むようにする。プロジェクトアーキテクトは、作図を主に担当する。どちらも設計者ですが、必ずしも一人ですべてを行うわけではない。

小笠原 これは藤本隆宏先生の「日本モノづくり哲学」の中で、一番ベースになる考え方です。建築のみならず自動車でもメディアアートでもすべては人工物であり「設計されたもの」 であるという考え方です。このように設計情報を作る人はすべて設計者です。建築を作るためには、建築家と呼ばれる人だけではなくて、設計情報を作成する様々な職能の人たちがいるわけです。そのような人たちが何をしているかを知りたいというのが研究のモティベーションや問題意識になっています。

水上/ゼネコン 先程の表で、構造設計者のほうはエンジニアとして分業していることを見せていただきましたが、意匠設計者がアーキテクトという理解でしょうか?

小笠原 意匠設計者もエンジニア/構造設計者もすべて設計情報をつくる設計者です。設計活動を通じてお金をもらっているかいないかで区別する図を先ほど示しましたが、設計情報を作っている点では、エンジニアもアーキテクトも設計者として変わらないと考えています。

豊田 アーキテクトとエンジニアは背反する存在でもなく、お互いを含む属性でありうる。

小笠原 その通りで、エンジニアっぽいアーキテクトもいますし、アーキテクトっぽいエンジニアもいます。エンジニアとかアーキテクトとかいった名前で区別すること自体が誤っていて、どのような設計情報を作るのかとか、どのような専門性を持っているのかという区分けが重要なのだと思います。結局みんな設計者であると。

豊田 これから数年後には、小笠原研究室から新しい職能の名前リストがズラリと並ぶとか。(笑)

小笠原 それはちょっと厳しいですねぇ。それは何人か来ている電機大の学生に聞いてください。(笑)

小笠原 これはハーバードビジネスレビューに書いてあった文献です。私は好きでたまに引用するのですが、欧米のコンテクストで言えることなのかもしれないのですが、ざっくりと言うと「役割と責任が明確になることによってコラボレーションがうまくいく」ということです。仕切りをはっきりしておかないと、強い立場の者が弱い立場のものを凌駕したり、お互いに無関心の領域が発生したりしますが、協業をうまく機能させるためには分業の仕切りをうまく設定しておく必要があります。

小笠原 ここまでをまとめると、設計者とは誰、施工者とは誰ということに興味があるわけです。Ethmology(語源辞典)を見てみると、designの語源はdesignateであり何かを指し示すことです。日本では、設計という言葉が作られる一方、日本語のデザインは英語のdesignとは異なる方法で使われています。そもそも設計とは何か、設計情報とは何か、設計情報でどのようなモノづくりをしているのか。なぜ日本ではBIM化がおくれているのか、どのようにすればBIM化が進むのか。将来の設計プロセスはどのようになるのか、新しい価値はどのようにすれば生み出すことができるのか。

豊田 そもそも日本はどれくらい遅れてるんですかね。10年遅れてるとよく言いますが、同時に僕が海外でやってる実感からすると、例えばカリフォルニアとかでもそこまで誰もが使っているわけじゃなかったりする。でも相対的に導入が遅れていたのも事実だとも感じますし、その辺実際どうなんでしょう。

小笠原 おそらく遅れていると思います。特に標準化という点で極端に遅れています。

豊田 使う前に準備されている社会的状況として?

小笠原 よくまとめていただきました。(笑)先程CADレイヤーについてお話しましたが、例えば私がPei Cobb Freedをやめて、翌日からSOMに行ってもKPFにいってもHOKに行っても何がどこに書いてあるか分かるので、すぐにCAD図面を開いて働くことができます。社会的に標準化ができているということですね。日本において、このような標準化なしにBIM化を進めるのは厳しいのではないかと思っています。

豊田 実際組織やゼネコンではどうなんですか?イメージとしては会社ごとプロジェクトごと、さらには担当者ごとに仕様も整理の仕方も異なってしまうので、結局担当者じゃないと最後は分からなくなるみたいなのが実情な気がするんですが。知らない人がいきなりそのプロジェクトから必要な情報探そうとしても、そう簡単には読み解けないような。

石澤/ゼネコン CADに比べ、BIMの方が、柱は柱、壁は壁ということがあるので、何とかなる部分は多いです。CADの場合、図面やエレメントの名前の付け方はぐちゃぐちゃで、会社ごとにそろえようと頑張っているということは聞きますが、まだそろっているところはないのではないでしょうか。読めないとは言いませんが、かなり苦戦するはずです。

豊田 ちなみに標準化はアメリカの場合AIAが行っているのでしょうか。だれが主体的に行っているのでしょうか。

石澤/ゼネコン アメリカでは、AIABIM ForumNBIMS (National BIM Standard)といった団体や、大学が提唱しているものがスタンダードとしてプロジェクトによく採用されています。それらを参照している国もあれば、UKのNBSを参照している国もあり、自国オリジナルのスタンダードを作り上げている国ももちろんあります。日本では国交省がBIMガイドラインを発行していますが、横に並べて比べると不足する内容が目立ちます。

豊田 そこら辺を含めて社会的な標準化が進んでいないと。

小笠原 進んでいないということですね。今後、進むかどうかわかりません。

村井/組織設計事務所 いままで標準化がある程度進んでいた国でBIM化することと、標準化が進んでいなかった国でBIM化することではかなり違うと思います。

森山/コンサルタント インセンティブやモティベーションの問題もあると思います。確認申請BIMでやれとか、発注者がBM(ビルディングマネジメント)するためにBIMでよこせとか、どれぐらい違うのか分かりませんが、それらがないと標準化する意味がない。

小笠原 おっしゃる通りで、今様々な団体の方々が発注者の問題としてBIM化をとらえているかが一つの流れになっていると思います。

森山/コンサルタント アメリカの方が発注者のモティベーションが高い?

小笠原 その通りです。また社会システムとして理にかなっているということがあって、設計情報の作り方も、建築の作り方も、モジュラー・インテグラルという藤本先生の話があるのですが、モジュール化した要素を組み合わせて作ることが前提となっている社会において、モジュール化した設計情報を作るプロセスは非常にしっくりとくる。日本でFMをどのように運用するかもわからないのに発注者が作れ作れと言っても、発注者はお金を出さないので、そこら辺のハードルは高いと思います。

豊田 社会的な前提として、アメリカって必要なものなら前例がなくても、ちゃんと理由を説明すればそこに予算確保してつけてくれるコンセンサスが社会にありますよね。日本だと実際必要でも、「それは分かるけど払いたくないし予算もない」で動かなくて。どんなに新しくて価値があること導入しようとしても、社会に後ろ向きに引っ張られて折角進もうとしてるのに後ろからゴムひもで常に引っ張られるみたいな感覚ありますよね。その辺の新しくても必要なものなら投資するという社会的な理解みたいなもの、日本は確実に欠けている。

小笠原 実感こもっていますね。(笑)

森山/コンサルタント お金を使うやつが善というアメリカのスタンスがあるのではないでしょうか。投資してちょっとグレードアップしたら、次の年の税金は控除するとか。少なくともロサンゼルスでは、既存不適格のまま放置するのではなく、少なくとも持ち主はお金を投資してアップグレードしなくてはならないといった考え方がある。社会的モティベーションが違うし、そのようにルールが浸透していく。

小笠原 設計事務所や施工会社一社が頑張るといった話ではなく、社会的システムが構築されないと、なかなかBIMは浸透しない。

豊田 その建設業のサイクルの中で、一番力が弱いのが設計者ですからね(笑)。そこから循環を変えようとしてもやっぱり実効性に無理がある。

小笠原 今回「設計者間の設計分業」について、運よく科研費が当たりました。先ほど私は野城研究室に所属していたとお話しいたしましたが、野城先生はもともと内田研で、ここにいらっしゃる千葉大名誉教授の安藤正雄先生も内田研出身者、芝浦工大の志手先生は安藤研でした。Autodeskの濱地さん。芝浦工大の大学院生の斎藤さん。後ろに座っていらっしゃる田澤さんは竹中からAutodeskに移られてしまいましたね。広島大名誉教授の平野先生、IIBHの西野さんといった、安藤グループで回っています。

小笠原 2014年にはプログラミング(設計要求条件制約条件整理)のリサーチのためにヒューストンとDCとNYに、2016年にはボストンとサンフランシスコ、2017年にはイギリスでNBSなどにも訪れました。そして2018年の今回、ニューヨークとボストンです。

豊田 ワインも科研費ですか?(笑)

小笠原 ワインは自費です。(笑)大きく12カ所回ってきたのですが、今回はテーマごとに「設計と施工」「設計情報」「新しい設計」という3つに分けてお話ししたいと思います。とても長かったですけど、これまでが前置きです。すみません長くて失礼しました。(笑)

豊田 皆さん終電大丈夫ですか。(笑)

2.設計と施工

Cooper Union

小笠原 ようやくこれから本題です。「設計と施工」ということで、まず初めはCooper Unionです。4年間NYにいたのですが、初めて中に入りました。Cooperさんが1859年に設立された由緒正しい学校です。坂茂さんなんかもここの卒業生ですね。

豊田 奨学金で賄われており、少数精鋭の外国人留学生が入ることのできないすごい学校ですね。

小笠原 アメリカ人でもなかなか入学することのできない、全米でも最も倍率の高い大学の一つとされており合格率は5%以下だそうです。このような大学が、マンハッタンのど真ん中Cooper Squareにあります。

小笠原 先ほどの建物の1フロアには、木工エリアと鉄工エリアがあります。このような場所で、例えば実際の建物のジョイント部分などを作る課題があるようです。建物がどのようにできているか学ぶわけですね。

小笠原 寄付金で賄われている大学なので、デジタル化については他大学ほど進んでいないそうです。レーザープリンター、3Dプリンタ、ルータなどがあったりします。

小笠原 これがワンフロア大空間の製図室で1年生から(確か)5年生までが作業しています。各自机が与えられて、このような場所で皆さん勉強しています。先ほどの木工エリア鉄工エリアなどでも皆さん模型を作ります。ラピッドプロトタイピングといえば良いでしょうか。皆、作りながら考えます。まず作ってみて、うまくいかないところを修正しながらまた作ります。

豊田 昔から手で作る伝統を大切にしている傾向がありますよね。

小笠原 ありますね。アートスクールですから、手で作ること、例えば皆スケッチや彫刻などすごくうまいですよね。

小笠原 これは卒業設計の課題ですね。劇場を3Dスキャンしたものをフィードバックする試みです。クーパーユニオンで面白かったことは一人当たりの場所が広いことです。作業する場所が与えられている。コロンビアGSDも同じですね。東京電機大の学部生は個人の机はないです。自分の作業が終わると場所を他の人に明け渡さなければならないなんて作業に集中できないですよね。

豊田 24時間オープン?

小笠原 確かそうだと思います。木工エリアや鉄工エリアは分かりませんが。コロンビアもそうですよね。

豊田 コロンビアもそうでした。というかアメリカの大学って、基本図書館とか学生が勉強するのに必要な施設はだいたい24時間空いていて、しかも常に人であふれてますよね。ものを作る施設も含めて、あれすごく大事だと思うんだけど。

小笠原 場所が広く、手を動かして考える。最初に手すりのプロジェクトをお見せしましたが、実寸で作ってみて、壊れるか壊れないか試しやすい状況です。1:1のモックアップを通じて考える。これいいなと思ったら、すぐにプロトタイピングにより設計に活かす。寄付に頼っているので、デジタル化は他大ほど進んでいない。

豊田 モーフォシスの新校舎に金を使いすぎたと聞きました(笑)。

小笠原 ありうる話ですね。今はフルスカラシップではなく、半額しか援助されないようです。

SITU

小笠原 次はクーパーユニオンを出た4人組が作ったSITUというファブリケーションの工房があるのでぜひ見てください。BrooklynのBrooklyn BridgeとManhattan Bridgeの間にあるNavy Yardの倉庫を改装してものがSITUの工房です。5Axisの機械や、熱を加えて型通りに変形させる機会もあります。右奥に鉄工エリアがあります。

豊田 木工や鉄工をガシガシ使えることを前提として、デジタルが使えるということですね。

小笠原 そうですね。デジタルとファブリケーションどちらかだけではなく両方使いこなしている。SITUはクーパーユニオン卒業後2005年に作られました。様々な専門性を持ち領域を超えて新しいものを作ることを目指しています。組織として面白いのは、スタジオ・リサーチ・ファブリケーションという3つの部門が一緒になってできていることです。一番多いのはファブリケーションで20人くらい、スタジオが10人、リサーチが3人、アドミニストレーションが1人。ファブリケーションでは、設計事務所の図面に従ってゼネコン下請けのサブコンとして作ります。スタジオでは、自分たちに設計の仕事が来て自分たちで設計・施工を行います。

小笠原 SITUの具体的な業務内容です。デザインアシストつまり先ほどの設計協力ですね。場合によっては営業のためにお金をもらわずにデザインアシストする場合もあるそうです。専門職として成り立つことを目指しているというよりは、ファブリケーターとしてプロジェクトに早いうちから参入するために、無償で設計協力をすることはいとわず、有償か無償かは状況によって考えるという話でした。旧来のアメリカ型の分業体制ではないですね。エンジニアリングを通じて実際に施工可能か、エスティメィティングつまりコストがどのくらいかかるか、カスタムファブリケーション、インスタレーションつまり施工、プロジェクトマネジメントつまり特殊な形状やおさまりを施工する場合におけるプロジェクト全体のマネジメント。プロトタイプ製作、リサーチデベロップメントということをサービスとして掲げています。

森山/コンサルタント 売り上げの規模はどのくらいなのでしょうか。

小笠原 分かりません。

小笠原 例えばこのプロジェクトColumbia School of Journalismでは、アーキテクト/デザイナーはちゃんと別にいて、SITUは早いうちからデザインアシストしています。厚みのない板としてコンピュータ上でモデルを作ることは簡単にできますが、このように厚みを持った板材を突き合せた場合、本当に留め加工できるのかとか、各部材をどのように切り出すのか、天井から吊り下げて問題ないかとかを細かく検討することは施工者でないと難しいです。SITUは加工性を含めてエンジニアリング検討をします。

小笠原 こちらの右奥の建物はPratt InstituteというBrooklynにある美大が授業用や工房として使うとして聞いています。話も少しずれますが、マンハッタンとクイーンズの間にあるルーズベルトアイランドに、コーネル大学の分校(Cornell Tech)ができました。NYが大学を巻き込んで開発が進んでいます。

森山/コンサルタント ニューラボとは別にプラットが入っているのですか?

豊田 ニューラボはネイビーヤードですが、ムービービルディングに入っていて全く別です。ネイビーヤードにはもともと映画撮影スタジオがいくつか入っていて、治安が悪かったのでNY市が再生することになりました。ニューラボというインキュベーション、つまりベンチャーと大企業とを結びつける工房をいくつかいれることで、最先端企業を入れて、シリコンバレーのミニチュア版として周りの地価を上げて、全部デベロッパーが開発をして、治安もよくなり税収も上がりということを狙っていて、NY市が主導して民間が開発を行っています。その一環で学校を誘致したりしています。NYではクーパーユニオンやコロンビアを出たバリバリの建築家でコンピュータが好きな連中が勝手に古い倉庫を借り上げて、NCルータとか3Dプリンタとかガンガン入れて起業する人たちが2000年前からいます。だからSITUがいきなりできているわけではない。10年20年の蓄積と社会との連携によって、ようやくこのようなものが成立しています。

小笠原 今では彼らにとっても地価が高くなりすぎていて、ジェントリフィケーションが進んでいると話していました。彼らもこれ以上の規模のことをする場合、この場所を出ていかなければならないと。最初はよいのですが、痛しかゆしといったところだと思います。アーティストが以前マンハッタンのSOHOからBrooklynに移って行って、またそのBrooklynを出ていかなければならないのと同じことが、彼らにも起こっています。

小笠原 上から見たのがこのような広さです。

小笠原 5Axisで削り出して作ります。

小笠原 熱で変形させます。特に熱で変形させる加工は、冷えると形状がまた変わるので、何個も製作しなければならないので大変そうでした。

豊田 そもそもVUILDとしてもこの辺のあたりに行くのですか?

秋吉/VUILD 行きます!行きます!1年以内に!

小笠原 このように「どうやって作ろうかな」と緩い感じで話していて良いですね。

小笠原 このような事務所スペースで、オフィスワークもしています。

小笠原 リサーチ部門では、非営利でソーシャル・ジャスティス(社会正義)に関する研究をしている。「作りたいから作る」といった組織ではなく、人権問題といった社会問題に取り組んでいます。一見ファブリケーションとは異なるところからのアプローチが、まわりまわって結果的にプロジェクトにつながっているような印象を受けました。全部自分たちで製作するわけではなく構造設計などは外注しています。現段階では75%の売り上げはゼネコンの下請けとしての受注。NYCにある工房だからこれだけの受注につながっていて、より郊外に引っ越すとここまで受注できなくなるのでジレンマがあるようでした。もともと下請けとしてのSITU Fabricationが有名だったものが、デザインができることが徐々に周知され、設計段階から受注するSITU Studioができてきます。例えばタイムズスクエアにキオスクを作るプロジェクトがありますが、今後徐々に設計・施工をする人たちとして有名になってくるのではないでしょうか。

豊田 SITUのこのように発展してきた流れを考え、また昨今のBIM化を考えると、やがてWeWorkに買収されるのではないかと?(笑)

村井/組織設計事務所 リサーチ部門は非営利とのことでしたが、予算はどのくらいなのでしょうか?

小笠原 全く知りません。

村井/組織設計事務所 売り上げの何%といったリサーチの予算規模などもあるのではないかと思います。

小笠原 ノンプロフィットの話は、別事務所の事例としてお話ししようと思っていますが、SITUのリサーチ部門はそこまで大きくないので、グラントが入ってきたら入ってきた分だけリサーチに充てるのではないでしょうか。グラントを出すシステムが公的機関や諸団体が整備している環境があるのはうらやましいですね。

NADAAA

小笠原 次はNader Tehraniの率いるNADAAAです。私がGSDにいた時の先生でした。Naderは現在先ほどご紹介したCooper Unionの学部長として建築学部の顔になっています。もともとRISD (Rode Island School of Design)を卒業し、AA (Architectural Association)にすこしいた後、GSDのアーバンデザインを修了した人です。MITで学科長を担当されていたのですが、現在Cooper Unionに引き抜かれた状況です。今後もっと有名になっていくのではないでしょうか。ボストンに事務所があるのですが、天井の高い倉庫っぽい建物を改修して作っています。

小笠原 これは最近竣工したUniversity of Torontoの特殊なスカイライトです。後ほど詳しく説明します。

小笠原 この事務所、1階には作業スペースの他に、ライブラリーや模型展示場所もあるのですが、地下には巨大な工房があります。フライス盤やShopBotがあったりします。

豊田 何人くらいの規模なのですか?

小笠原 30人くらいかな?

豊田 場所はManhattanですか?

小笠原 Bostonです。

小笠原 3Dプリンタやレーザーカッターなどがあります。

小笠原 このように実物大の手すりなどの模型があります。

小笠原 例えばこれは住宅の作品ですが、手摺にどのくらいの荷重をかけても問題ないか、作らなければわからないことが多い中で、実際に作って試しています。

水上/ゼネコン これは試作品だけですか?実際の製作も行うのですか?

小笠原 試作品だけだと思います。NADAAAはSITUとは異なり施工を自分たちでは行わないので、モックアップを作った段階で、この通りに作ることを施工者に伝えているのだと思います。

小笠原 先ほどの天井の例に話を戻します。たぶん発注者はこの設計案を見たら躊躇するのではないでしょうか。いくら費用がかかるか分からないし。

小笠原 ボード張ってパテでしごいてモックアップを製作します。形状確認ができるという設計者側のメリットがあると同時に、クライアントと施工者に対する説明にも使えます。変わった形状をしている場合、施工者は当然予備費を見込んで高く見積もってきますが、モックアップがあれば施工確認ができるため見積金額を抑えて出してくれることにつながります。発注者に対してもモックアップを見ていただいて、意思決定に役立てていただくことができます。

小笠原 彼らの事務所は大体8年前からBIM化しています。Rhinoで3次元形状、Revitも使用している。GSDやMITといったBostonにいるスタジオ講師は、自分の設計事務所を運営し工房を持ちたがる傾向が強いですが、NADAAAの工房はボストンの設計事務所が持つ工房の中では最大なのではないかとのことでした。

水上/ゼネコン あのモックアップは、場所も作る手間も相当かかりそうですけれど、それは設計料から出すのでしょうか。

小笠原 よくわらかないのですが、たぶん設計料から出しているのではないかと思います。米国の設計料は、日本よりもはるかに高いため、設計料から出すこともできるのでしょう。

豊田 そのプールから出していますよね。

小笠原 あれだけの工作機械を入れるのでも、お金かかりますよね。

豊田 むっちゃ高いのがバリバリ並んでいましたよね、さっき。

小笠原 後で別事務所の事例として説明しますが、こうした工作機械を、スタッフが余暇を使って趣味で使っている例もあるようです。

村井/組織設計事務所 先程のモックアップは、設計の早い段階で作られたものでしょうか、それともある程度決まってこれで行けるかということを確認する段階で作られたものでしょうか。

小笠原 そこまでは聞いていないのですが、最初の受注できるかどうかわからない段階でそこまで投資できないと思います。

豊田 おそらく基本設計が終わり、実施設計の中で最終曲率を修正していくような段階なのではないでしょうか。

小笠原 または最終段階でお金をはじいたときに「ヤバイお金が合わない」といったことになって、急遽モックアップを作成したとか?(笑)

豊田 SHoPの場合は、大体その位の段階で作っていました。

SHoP

小笠原 ということで、次は豊田さんもいらしたSHoPです。

豊田 こんなゴージャスなSHoPオフィス見たことないです(笑)。私のいたときは、パートナー5人スタッフ5人のファミリー系事務所でした。

小笠原 それが今では180人のオフィスです。

豊田 一度300人まで行って、180程度まで減らして、今ではまた200超えているのではないでしょうか。

小笠原 これはSHoPの中でもカギとなるBarclays Centerというプロジェクトです。印象的なエントランスです。近くに行ってみてみると、コールテンスチールでしょうか。

豊田 Weathered Steelといって実際に水にさらして錆びさせるという。

小笠原 水密性や気密性が取れている外側に、このようなパネルをクラッディングとして張っていきます。この話をJohnさんに説明していただきました。

小笠原 SHoPの中では、このCamera Obscuraは、一つのターニングポイントになった大変重要なプロジェクトだそうです。デジタルで3次元的なパーツ全てを設計しています。どのように機能するのかよくわからないのですが、上部からイメージを取って、真ん中のテーブルに映し出すそうです。

豊田 潜望鏡みたいなもので光を投影する、昔の幻燈みたいなものです。

小笠原 ここに模型がありますが、先ほどの額に入った展示は模型のピースが一つ一つ並べられているもので、SHoPイムズ みたいなものが示されていることを聞きました。

小笠原 このような模型室があって、専門のスタッフが事務所の模型をどんどん製作していく。

小笠原 先程のBarclays Centerのようなプロジェクトはアメリカだから可能なのではないかと思われるかもしれませんが、実は、ボツワナでも似たような試みをしているイノベーション・ハブのプロジェクトがあります。形状や施工に関する設計情報を送って、現地で製作と施工を行います。デジタルになったことで国境を超えることが可能となります。

小笠原 Barclays Centerのプロジェクトが進んでいた段階ではSHoP Constructionという別組織があったそうです。他社に施工を頼むと予備費によって施工費が大きく上がってしまうこと、施工クオリティの担保ができないこと、施工で問題が発生した場合本体のSHoP Architectsを守るというリスクヘッジを行うこと等を目的とした組織だったそうですが、今ではSHoP Constructionという形体は取っていないそうです。
デジタルは、遠隔地における施工監理でも有用です。レーザースキャニングを積極的に用いることによって、もとの3Dの設計情報どおり建てられているか確認し、対処することができます。後で聞いた話ですが、Barclays Center 建設中にもとの設計情報と施工された状態が合わない問題が発生したときに、Johnさんは海辺で水着のまま調整していたそうです。デジタル化が進むと、場所を問わずに設計に関する意思決定ができるようになるわけです。働き方改革などと言われていますが、こうしたデジタル化が一般的になると面白いですね。
あと、CATIAで設計しているそうです。私はCATIAがどのようなソフトウエアなのか良く分からないのですが、飛行機や自動車といった工業製品を設計するように建築を設計・施工するのだと思います。一般的な建築とは異なる形で設計情報の共有を行っているのだと思われます。これは一品生産には作りやすいのでしょうか。デジタルモックアップをデジタルファブリケーションにつなげていく。米国に特徴的な「モジュラー化しているものをプレファブリケートして組み立てる」という、社会システム・生産システムがある中での流れととらえられるでしょう。
現段階では、ファサードにデコレーションとして設置している感は否めないので、構造や気密性断熱性を担保するカーテンウォールといった建築の本体に含まれていくかが、一つの課題になっていくのだろうと思います。

GLUCK+

小笠原 次はGluck+で、先ほどご紹介した野城研究室修士2年生の岡本さんが1年間働いている事務所です。所員数は40名ほどで、今日の話の大切なトピックの一つであるArchitect Led Design Build(設計者主導のデザインビルド)を実践しています。デザインビルドと聞くと、一般的にはゼネコンが設計も行うContractor Led Design Buildを想像されるのではないでしょうか。まずは2本動画を見てください。

小笠原 このThinker Makerには、そもそもArchitectは設計と施工の両方に責任をもっていたが、ある時期から設計と施工が分かれてしまったということが書いてある。だから一緒にしようというのが彼らの主張であるArchitect Led Design Buildです。

小笠原 プロジェクトが始まってから終了するまで、設計と施工は連続して存在ということをGluckさんは説明してくれました。60年代か70年代に竹中工務店で何年か働いた経験があるそうです。

小笠原 彼によると、19世紀終わりにAIARIBAが設立され大学で建築を教えるようになってきてアーキテクトという職能が成立する訳ですが、このような一連の出来事が設計と施工の分離を起こしました。そこが問題の第一段階。あとは、第二次世界大戦後に世界経済が変貌を遂げるにしたがって設計と施工が分離したというのが第二段階だと考えているそうです。
彼はアーキテクトがどうして施工リスクを負わないのか分からないと、繰り返し述べていました。巨大再開発の施工リスクは追えなくても、小規模プロジェクトのリスクは負える可能性が高いため、プロジェクトスケールを限定することは重要です。結果、プライベートのプロジェクトが多くなります。また大規模プロジェクトの場合は、デベロッパーと組んで、供託金を積んでマネジメントすることを可能です。何度も言っていたのは、good architectureを実現させるためには、アーキテクト自らがリスクを取る必要がある。時には成功報酬的に自己資金をプロジェクトに入れることもある。デザインではフィーはあまりもらえないので、コンストラクションでフィーをもらう。この事務所では、コンセプト段階から施工完了まで同一チームで業務を遂行するため、設計部隊・施工部隊と別れていないそうです。

水上/ゼネコン Design BuildにおいてArchitectが頭にくることと、Contractorが頭にくることによって、意図的な定義の違いはあるのでしょうか。

小笠原 結果としては同じなのではないかと思います。アーキテクトがコンストラクションのマネジメントまで行うのか、コントラクターがデザインを行ってコンストラクションまで行うのか。結局一貫して行ったら、どちらが役割を担っていても、あまり変わらないのではないかと思います。でもアーキテクトであることは重要で、少なくともAIAに所属してアーキテクトとしてライセンスを持っていることが重要だと彼は思っているでしょうね。

豊田 アメリカでもホームビルダーのような、いわゆるデザイナーのいない建売住宅のようなゼネコンがいっぱいいるわけで、そこにはデザイン性がないという印象があるようです。アーキテクトが設計していることが前面に出ていてデザイン的価値が売りになっていることが大事なのだと思います。

石澤/ゼネコン 私が聞いたことがある話だと、アーキテクト主導型、コントラクター主導型のデザインビルドについて、オーストラリアでも議論があって、それは契約上主になっているのはどちらかであると。それは建設業でよく言われている「どちらが頭か」ということによって、契約上の主従関係を明確にします。アーキテクト型、コントラクター型、50%50%型等、契約に応じていろいろとあるようです。

豊田 今回は一主体が両方行っているのですよね。

小笠原 今回、契約書まで確認したわけではないので、良く分かりません。ひょっとしたら、施工を受ける段階で、別名義の事業体として請け負っている可能性もあります。

田澤/ソフトウエアベンダー 契約約款としてデザインビルドの約款を使っているかどうかは確認されましたか?

小笠原 確認していませんが、おそらく設計は設計、施工は施工の契約をしているのではないかと思います。設計施工は分離なのだけど、同一主体が行っているのでは。設計と施工で別法人を立てていると聞いたような気がします。Architect Led Design Buildのコンセプトをどのように実装しているかは、今後調べていかなければならないと思っています。

豊田 SHoPでは施工ではなくて開発側に自己資金を投入する。デベロッパーとして自らリスクを取るというデザイナー兼デベロッパーみたいなことをしていて、いろいろな請け方があるみたいです。

小笠原 なるほど、こうした金と契約の仕切り方というのは、面白い所ですよね。ここまでで一区切りなのですが、何か質問はありますか?

豊田 トイレに行きたい方は今のうちに、まとめて質問受け付けますが。

田澤/ソフトウエアベンダー Architect Led Design BuildとContractor Led Design Buildの違いを一言でいうと?

小笠原 どちらが仕切るかということでしょうね。(笑)設計者が仕切るか、施工者が仕切るか。ここで指摘できるのは、設計者とか施工者とかの区別にあまり意味がなくなってきているということです。設計情報を作る人が設計者で施工する人が施工者であると定義するならば、日本のゼネコンは設計者であり施工者でありえるわけです。日本のゼネコンは皆施工者であるというのは暴論で、設計者もいるし施工者もいると丁寧に切り分ける必要があると思います。

水上/ゼネコン 大前提として、アーキテクトという職能が、コントラクターに近づいていくということを、設計する人たちはどのようにとらえているのか気になるのですけれど。大学に入ったときはアーキテクトというプロフェッションがあって、例えば槇さんのように活躍したいと思って設計課題に取り組んでいました。今日の主題はアーキテクトがコントラクターに近づいていく話がメインになっているのですけれども、例えば小笠原さんがペイの事務所で働かれて、日本で設計事務所を運営されているときに、コントラクター側に近づいていきたいと思いますか?それともプロフェッションとしてのアーキテクトとして素晴らしい設計をして良いものを作りたいと思うのでしょうか。

小笠原 どうお答えしてよいか、なかなか難しいところがあるのですが。人からお金をいただいて何かしらの行為をするときに、自分に選択の権利があるかどうか良く分かりません。社会システムの中で、何に対して対価が支払われるのかというコンセンサスがあって初めて、職能として成立するわけです。今後AIが発達すると、実施設計を行う人がいなくなるとか、同様のことが医者とか弁護士といった士業でも言われていることですよね。職能は時代の流れとともに絶えず変化する/変化しなければならないものだと思います。古い型の建築家というものをノスタルジックに追い求めることもわかるのですが、現実的に営利行為として成り立つのか疑問に思います。現在、日本建築家協会で同じような話をしているのですが、同世代では同じような感覚の委員の方も多くいらっしゃいます。

豊田 SHoPのようにテックが入ってくると、このような感覚は自然に入ってきやすいと思います。Barclays CenterやCamera Obscura でもそうですが、材料の調達・加工・後処理・取り付けなどの施工手順を設計側で考えなければならないので、施工者は施工の手順などすべてについて、設計側に尋ねざるを得ない状況となっています。その場合、設計と施工との間に境界を作ることが無駄にしかならないためSHoP Construction ができてくる。最終的にSHoP ConstructionがSHoP Architectsに吸収されてしまったのは、SHoP Constructionに配属された人が、デザイナーとしてデザインをしたいという満たされない欲求があったからなのですが。いずれにしても、設計と施工が融合してくるのは必然でしかありませんでした。割合については場合によりますが、流通や施工や材料の調達の点からも融合しない方がむしろ不自然だと。

森山/コンサルタント アウトプットの評価についてです。音楽の場合、いろいろなジャンルがあって、感動を与えてセールスが伸びるという分かりやすい指標がある。建築の場合、空間を作ったときに評価の指標が分かりづらい。資金を投入して建築を作るからには、ある程度いろいろな人と共有できる指標があったほうが良いと思います。アーキテクトの評価にもつながり議論しやすくなると思う。

小笠原 できたものの評価では、イギリスのDavid Gann先生が作られたDesign Quality Indicatorという指標があります。環境の評価軸もありますが、いわゆるThe評価軸という一つの軸を確立するのは難しいと思います。商業建築物の場合は、どれだけ人やお金を集めることができたかということが大きいと思います。SHoPの場合は、できるだけ変わった形をできる限り適切な方法で作って、発注者がそれに対して納得がいくからお金が出るわけで。このように設計受注に向けたサプライチェーンがうまく構築できたから、SHoPはここまで多くなることができたと思います。でも世の中は、こうした目立つ建物ばかりが必要なのではなくて、普通の良質でよい環境を実現する安い建物で良いと考える場合が9割以上だと思います。この場合アーキテクトとしての自己実現がどこにあるのかにもよります。先ほどの槇さんを思い描いていたお話がありましたが、皆が安藤忠雄になりたいのか、妹島和世になりたいのか、といったら必ずしもそうではなくて、評価軸はもっとバラバラでもよいと考えています。SHoPの場合は形が分かりやすく話題性にうまく乗れたということでしょう。

森山/コンサルタント セールス上がる家賃上がるということでNYCではジェントリフィケーションが進むことはアイロニカルですね。その中で、多様な価値が大切であることについてのコンセンサスがないと、皆がNYCにいられなくなってしまう。

小笠原 デベロッパー側としては、NYCには誰にでもいてもらいたいわけではなくて、いてもらいたい人にいてもらいたいと考えているのだと思うのですが、ある程度評価軸がないと評価できないですよね。でもそれを確立するのは難しいですよね。研究の対象として、設計与条件の整理としてのプログラミングは、日本の教育ではもっともっと重要視されるべきだと思います。

3.設計情報

小笠原 この「設計情報」では実務に近い話をしたいと思います。

Kalin Associates

小笠原 先ほどスペックの話をしましたが、1984年に設立されて3000以上のプロジェクトに参画した、Bostonのスペックライターの大御所Mark Kalinさんです。

豊田 日本ではスペックライターはどのような職能にあたるのでしょうか。

小笠原 日本ではそのような職能は存在しないのですが、あえて言うならば仕様書作成者でしょうか。

小笠原 まず、アメリカには日本でいう国土交通省の共通仕様書に当たるものはありません。設計者は自分で一から仕様書を準備しなければならず、こうしたスペックライターに外注することになります。例えばLEEDのように環境性能を担保した建物を設計しなければならないときに、どのように性能仕様をスペックとして書いていくかはとても重要です。BIMを前提とした設計の中でどのように仕様を入れていくのか、海外のプロジェクトの場合のスペックをどのように書くのか、マスタースペックをどのように利用するのかとか(この点については深入りしませんが)などなど、といった業務を行っています。
先程この図をお見せしましたが、実は仕様書は図面よりも契約上優先されます。CADの時代では実施図面と仕様書はそれぞれバラバラに分かれていたと思うのですが、BIMを用いると、概念的には仕様情報をBIMモデルの中に含めることができるようになってきました。

豊田 文字ではなくで、DNA的に組み込まれてくる?

小笠原 そうですね。仕様情報が入っていなければ、単に部位情報・部位属性の入った3次元CADですから。部位情報が入った時点でBIMといえるのかもしれませんが、もう少し細かい情報が入ることになります。このような4人くらいの事務所で作業されていました。

豊田 Mac使っているのですね。(笑)ブートキャンプなのかな?

小笠原 彼から勧められた本で、Managing Quality in Architectureがあります。クオリティを担保することがスペックを書く上で重要になります。いろいろと専門的な話があったので詳細は割愛しますが、スペックライターはアーキテクトの意思決定を手助けする。ただ、紋切り型のスペックが使いまわされることもあり、アメリカにおけるスペックライターの数は年々減少しているそうです。

小笠原 これは田澤さんの論文から引用させていただきました。スペックというものはUni FormatからMaster Formatに切り替わりだんだん詳細になってきます。アーキテクト用としてはMaster Format、発注者用にはUni Formatつまり大まかな性能を規定するためのフォーマットとなります。このようなMaster FormatやUni Formatが徐々にOminiClassというシステムに移行する可能性があり、イギリスのNBSが準備しているスペックともいずれ互換性を持つようになるだろうとKalinさんは言っていました。

Pei Cobb Freed and Partners

小笠原 次に、昔勤務していたPei事務所(Pei Cobb Freed and Partners)
に行きました。

豊田 今何人くらいいるのですか?

小笠原 今70人くらいでしょうか。SHoPが華々しかった反面、テックを最重要視して推し進めていなかった場合は、設計事務所として拡大し続けるのは難しいことを痛感しました。昔はDCのNational Gallery East WingとかParisのGrand Louvreとか、Hong KongのBank of Chinaとか色々有名なプロジェクトがありました。

小笠原 私がちょうどCA(Construction Administration/監理)を行っていた時の写真です。右側の彼は上司でNational Galleryを担当されていて、この人はルーブルのプロジェクトマネジャー、この人はスペックライターで、この人はBank of Chinaの担当者ですね。

豊田 オールスターキャストですね。

小笠原 こうした方々に、納まり詳細や建築素材などについて丁寧に指導していただけたのは、本当に貴重な経験でした。

小笠原 先程お話したMIHO美学院プロジェクトですが、もともとはという滋賀県のMIHO Museumと同じ施主から依頼されたプロジェクトです。山の中にあってなかなか行きづらいですが、是非行ってみてください。

小笠原 金曜日の夜で皆帰ってしまった後です。兄貴分として尊敬している前原さんです。

豊田 私も何度か飲みに行きました。

小笠原 前原さんはMIHO美術館を担当されていて、渡米されてからルクセンブルグの美術館を担当されています。現在は、アメリカのチャールストンの美術館を担当されています。日本とアメリカとヨーロッパの、建築法規、構工法、素材などを熟知している方です。例えば、石だったらこの国のこの山から取れるとか、ステンレスだったらこの国のこの工場で加工可能だとか。このような前原さんに今どのように設計の現状について伺いました。

小笠原 ペイコブでは2007年からRevitを導入しており、今ではほぼ9割導入完了しました。RevitとAuto Cad両方を導入するとライセンスフィーが倍かかるので、どちらか一本にする必要があるようです。日本の大手組織設計事務所では、自社内に構造設計者や設備設計者がいるため、社内で情報共有をすればよいのかもしれません。アメリカの場合、一般的には各コンサルタント業務を外注するため、外部のコンサルタントとして構造設計者や設備設計者とクラウドベースで情報共有する必要があります。先ほどのチャールストンの美術館では、データの重さが750GBあるためなかなか動かないと話していました。(笑)
以前ポートランドの設計事務所でも聞いた話ですが、ITテクニカル関係の人材は100人に1人くらいの割合だそうです。あと従来型の設計施工分離がどんどん少なくなってきていて、CMを介在させたCM@RiskのGMP (Guaranteed Maximum Price)つまり上限金額を決めた中で実施設計と施工を行うものがかなり増えてきているようです。日本ではCMは第三者として独立した職能として認められにくいのですが。また、オープンブックとした場合、見積りに対して日本よりも価格に対する透明性が高いこともあります。
「このように目立つ形だったら商業施設として人が多く来るよね」ということを前提にForm Giverが形を作る。またそれに対してプロジェクトを適切にマネジメントできる会社が必要で、それらが分離していることになります。今後いわゆる大文字のアーキテクトが形態作成コンサルタントとして成立するようになり、CMがプロジェクトのマネジメントを行う可能性があります。またBIMモデルに必ずしも仕様情報をすべて組み込んでいるわけではないことが分かりました。

SASAKI Associates

小笠原 次はボストンのSASAKI Associatesです。BradさんというBostonのBIM関連では有名な方がいる270人程度の事務所です。他事務所同様に工房があって3Dプリンタによって自分たちで模型を作ります。コンクリートで実際にキャストして試作したものもありました。鉄工エリアはなかったのですが木工エリアはありました。彼らは外の人々を招き入れて場所を提供し、協働活動ができるようなインキュベーション施設を事務所内に用意していました。

小笠原 彼らへのヒアリングの中で面白かったのはキーノートというシステムです。会場の中でRevitを使われている方の中で、キーノートをどのくらい使用されているか良く分かりませんが。各部位・部材に対して先ほどお話ししたMaster Formatの何番が対応しているのかを連動することができるのですが、ササキはこのシステムをフル活用しているとの話でした。もともとのキーノートシステムの中に適切な情報がなくても、プロジェクトごとに自分でカスタマイズできるそうです。70人程度の設計事務所では、そこまで細かく仕様を書き込んでいなくても、270人程度いてそれなりの数や規模のプロジェクトに携わっている組織事務所では、3次元情報とスペックとが連動するシステムができつつあるといえるでしょう。MasterFormatによる標準化がうまくできているからこそ、Revit上で3次元情報とスペックとかうまく連動するわけです。さらにOmni Class等と連動していくと、イギリスのNBSによるスペックの記述システムとも連動するようになり、イギリスおよびアメリカの経済圏内でスペックに関する情報共有がスムーズにできるような社会になる。ではいったい日本はどうなるのか、ということですね。

豊田 先ほどのBIMを実際に入力する人たちが実際にデザインをする人たちになっているように、BIMに携わる設計事務所が社会の構造を作るということ?

小笠原 そのように社会が追従していく可能性もありますね。このササキアソシエイツで分かったことで素晴らしかったのは、BIM専門職がいないということです。なぜなら皆BIMができるから。BIMに関する情報を整理しなければならないときは、専門の人が行うのではなくて、皆が手分けして各自がそれぞれ時間を使って整理する。今週は私が2時間やるから来週はあなたが2時間使ってデータを整理するように手分けすることができるくらい、皆リテラシーが高いわけです。BIMマネージャーとかBIMエキスパートといった呼び名の職能はいない状況、例えば日本でもCADマネージャーとかCADエキスパートがもはや存在しないような状況になっているわけです。あくまでも100人に1人くらいITテクニカル部門の人がいますが、例えばDynamoを使用してソフトウエアをカスタマイズしてより使いやすくする役割を担っています。
また10年前は使用していたBEP(BIM Execution Plan)も、プロジェクトの遂行に当たりガイドラインやベストプラクティスをざっくりと決めればそれで十分であるため、もはや使用していないそうです。プロジェクト関係者全体のリテラシーが上がってきたため、無駄に細かいところまで決める必要がないようですね。また、これだけRevitに関して先駆的事務所でも、FM(Facility Management)はこれからでまだ十分活用できていないそうです。

4.新しい試み

次は「新しい試み」についてお話ししたいと思います。

Autodesk Build Space

https://vimeo.com/280926603

小笠原 これはAutodeskのBuild Spaceです。できたばかりの時に見せていただいて、今回は2回目となります。インキュベーションセンターとして様々なスタートアップ企業が机を構えています。どこまで利益が得られているのか良く分かりませんが。このような施設がボストンのはずれにあります。ちょっとAutodeskの宣伝みたいになってしまいましたが(笑)。

豊田 Autodeskさんはこれの東京版を作ってくれないのですか?

小笠原 これは濱地さんがもう少し偉くなってからなのでは?

豊田 ずっと待っています(笑)。

小笠原 ここでIanさんという面白い方に話を伺うことができました。この方、RevitのプラグインのInsightという環境評価ソフトウエアを開発された方です。これについては谷口さん(東京大学前研究室特任助教)が詳しいのですが。RevitにInsightが組み込まれることによって、Revitを用いた設計がどのように発展するかについて今後のVisionについて聞かせていただきました。

小笠原 アメリカでは2030年までにエネルギー消費を下げるという大きな目標がありますが、どのように設計を進めていけばよいかという問いに対して、ある設計方法を提示しています。まずアーキテクトが、マスモデルを作って、窓を作って、シェーディングして、といって検討をぐるぐる検討しなければならないのですが、同時にエンジニアやオーナーもぐるぐると検討を進めなければならないとすると、オプションが鼠算式に増えていくことになります。Insightはざっくりとしたマスモデルの段階で、窓やシェードの仕様のレンジを与えてくれる。特徴的なのは、シミュレーションができることよりも、設計プロセスの中で意思決定に役に立つツールであるということです。正確にモデリングをして正確にシミュレーションして正確な値を出すことが目的ではなく、環境性能の高い建物の設計に対して、初期の意思決定に役立てることができることです。

小笠原 Ecotect Analysisも含め開発に8年ほどかけたそうです。Energy Plusのように、正確なモデリングから正確なシミュレーションと正確な値を導くわけではない。IoTから得られる情報をどのように組み込んでいくかは今後の課題であるとの話でした。

Northeastern University

小笠原 BostonにはNortheastern Universityという大学があり、David Fannonという環境系の先生がいらっしゃいます。彼はUC Berkeleyで環境系修士を修了後、NYの環境コンサルティング会社で働かれ、エンジニアでもありアーキテクトでもある先生です。

小笠原 環境に関するDecision making(意思決定)は、アカデミアの中でも大きな課題となっているようです。Resilient(強靭)な建物とSustainable(サステナブル)な建物という概念は、実は相反する可能性があります。これら二つの概念を前提にどのように最適化をおこないDecision making(意思決定)に活かしていくか、研究を行われています。Fannon先生もInsightのことはご存知でしたが、UC Berkeley出身の方々はEnergy Plusのように正確にシミュレーションできる方に重きを置かれている印象があります。

The Living

小笠原 次はNYのThe Livingです。David Benjaminさんが2006年に設立されたのですが2014年には買収されてAutodeskの傘下になりました。設計のBoundary(境界)を押し広げてどのような新しいことが可能か模索されています。Biology(生物学)とMaterial(素材)に関心があるとのことです。

小笠原 これは2012年のプロジェクトです。これらはすべて自然の有機物でできており、3か月程度たつと壊れていく素材で作っているインスタレーションのプロジェクトです。

小笠原 AutodeskのTorontoオフィスも設計しています。ジェネラティブデザインという手法を用いています。3階建てのオフィスをどのように設計するか試みています。まず近接性やワークスタイルといった様々な制約条件・要求条件を列挙して指標化・数値化していきます。その後に制約条件・要求条件とゴールとをどのように結び付けていくかさまざまな組み合わせを検討していきます。設計解としてのデザイン・オプションをこれだけ多く作った後に、それらを評価していきます。最後はステークホルダーにいくつかの最終設計解を見てもらって決定してもらいます。つまり最後は人が決定するということです。先ほど内装をお見せしましたが見た目が派手な感じは全くしません。新しい形態を導き出すのではなく、設計手法として新しい取り組みを行っている面白い例だと思います。

小笠原 Generative DesignとVirtual RealityとIoTとをどのようにつなげて設計していくかについて模索中であると伺いました。彼らはいま、Reality of Industryつまり「作ること」に興味があるとのことでしたが、さまざまな企業と協働活動を行っているそうなので、今後日本でも取り組みの結果が見ることができる日が来るかもしれません。

MASS Design

小笠原 ようやく最後です。MASS Designという2008年設立のNon-profit Organization(非営利団体)です。

小笠原 これはHaitiに設計した肺炎患者用の施設です。こちらはCongoに設計した小学校です。こちらはRwandaに設計した癌患者のための病棟です。発展途上国のプロジェクトをNon-Profit(非営利)にて行っている人たちです。

小笠原 MASS Designを持っているのは、こちらのBoard of Directors(理事会)です。理事の方々は銀行家や篤志家といった必ずしも建築や設計に携わっていない人たちです。その下に、アーキテクトやランドスケープやリサーチを行う人がいます。Bostonに事務所があるのですが、ほとんどの人たちはRwandaにいます。

小笠原 彼らの掲げる理念として、Hire Locally(現地での雇用)、Source Regionally(現地の材料を使用する)、Invest in training(現地の教育に投資する)Uphold Dignity(現地の人々の尊厳を守る)つまり先進国であるアメリカの人たちが現地の人たちに何か施すというわけではなく、自律的に動くことができるようにする。Designするだけではなく、Construction、全部一貫して行います。このような場合、単なる設計事務所の範囲を超えているということができると思います。

小笠原 いろいろな雑誌からも取り上げられてかなり有名になっています。デザイン性も高いため、数々の賞を受賞しています。

小笠原 彼らが事務所を設立したのが調度リーマンショックの後で、GSDを卒業しても雇ってもらうところがない、そのために自分たちで新たなビジネスモデルを考える必要があったそうです。その際、設計事務所はもともとフィーが低いのだから、Non-profit(非営利)で行うのがよいと考えたそうです。(笑)その方がより確実にお金が入ってくると。あとアメリカにはこのようなCatalyst Fund(新規ビジネスを促進させる基金)が存在することも社会的な違いだと思います。彼らはRwandaに施工会社を設立するという話もしていました。理念を実現させるため、つまり、現地の資材を用いて、女性を雇用し、プロトタイピングを現地で行うこと。
あと、建築家/設計者という職能が確立していない中で、いきなりBIMで設計を行う試みをしています。アフリカにLand Line(固定電話)が存在しない中でいきなり携帯電話が普及したような状況が、Rwandaで起こっている場合があるそうです。これらを考えると、日本の設計者の将来は大丈夫かと心配になります。

まとめ

小笠原 最初の話に戻りますが、設計者・施工者とは誰か、設計情報とは何か、いま動きつつある面白いトピックだと考えています。なぜBIM化が日本では遅れているのか、将来の設計プロセスがどのようになるのか、ここに設計者の方々が多くいらしていると思うのですが、我々設計者の将来はどのようになるのか、今回分かったようで分からなくて、今後も探求し続ける話題だと思っています。どうも長い間ありがとうございました。

豊田 次のスライド無いんですか?(笑)

小笠原 いやー、ありません。予定より1時間近くオーバーですね。すみません。(笑)

豊田 何か質問とか意見とかありますか?

村井/組織設計事務所 先程のBIMマネージャーが存在しなくなっている件です。私もアメリカの設計事務所の方から、実務経験が豊かな設計者もBIMを使用されているという話を聞きます。40代50代でも日常的にBIMに触れながら理解が浸透しているという印象があります。

小笠原 CADの時代には設計者自身が設計図面を描くことによって設計情報を作成するものだとアメリカで思ってきたのですが、日本では必ずしもそうではないことも多いようだと感じました。BIMの時代でもおそらく同じで、普段からCADでバリバリ図面を描いている人がいれば、BIMでもおそらく作図しやすいと思います。CADで図面を描くことなく赤ペンを入れることのみを行ってきた設計者たちが、いきなりBIMで作図することは困難でしょう。日本は社会構造として設計フィーが低く多くのプロジェクトに携わらなければならないとき、果たしてBIMのトレーニングする時間が取れるのかということに問題があるのではないかと思います。

村井/組織設計事務所 取り組み方を変えれば可能性はあると思いますか?

小笠原 3次元CADとして使う場合は可能だと思いますが、仕様情報までもを含めた状況でBIMモデルを作ることは、設計事務所だけで実現できる話ではないと思います。

石澤/ゼネコン 私はその話の原因を、最初の方のスライドに見出そうとしていて、日本の設計者は仕事を特化して行うというよりは、ジェネラリストとしてプロジェクトを何件もまわせることを良しとしていて、スペックライティングといった専門性の高い仕事も分業しづらい。何かをアウトソースしないとパンクしてしまうのですが、アウトソース可能だったことが作図であったと。一回分かれてしまった作図職能を統合するのは難しくて、CADオペがいたらからBIMオペも必要でという話につながってくるという気がしています。

小笠原 その通りですね。ちなみに、アメリカでヒアリングをすると、日本のゼネコンのように設計部と施工部が一緒になっているのはうらやましいという話を聞きます。BIMでは設計情報をフロントローディングしなければならないので、なるべく施工に関する情報を設計に入れなければならない。だから日本のゼネコンのような組織が魅力的に映るらしい。つまり、アメリカでは分業を進める方向で進んできたものが統合する方向で動き始めている。一方日本では、より役割や責任を明確にする必要(つまり分業する必要)が出てきている。その点で、アメリカと日本はお互いに歩み寄っている状況にあると考えています。

石澤/ゼネコン 日本がうらやましいのは、訴訟に疲れたからだと聞いたことがあります。

小笠原 あると思います。

水上/ゼネコン 最初の方で、意匠設計者も構造設計者もみな設計者であるというスライドがありました。そこで言う設計者を英語で言うとどのような表現が近いのでしょうか。全部設計者って、どのようなイメージで言われているのか、範囲が広すぎて逆に漠然としていて。。。

小笠原 実はまだ適切な言葉を探し切れていません。14世紀頃のDesign語源に戻ると、Designはそもそも変わった形を作ることではなく、Designate(指し示す)して意思決定を行うのがDesignでした。現代のアーキテクトやエンジニアといった設計者も、多かれ少なかれこのようなことをしています。実際に行っている行為と、呼称とが、遊離してきている気がします。デジタル化によってさらに加速してきています。古い職能に対する呼称やイメージは、徐々に新しくする必要があると私は思っています。

森山/コンサルタント せっかくAutodeskの方がいらっしゃるので。先ほどの施設の収益モデルってどのようになっているのかお伺いしたいです。(笑)

濱地/ソフトウエアベンダー 基本的にはインキュベーション施設なので、そこから売り上げを得ようとは全く考えていないです。AutodeskのソフトとAutodeskが購入したマシンを使ってください。そこで出た知見をAutodesk製品の開発に使わせてください。純粋な投資ですね。

森山/コンサルタント アメリカ国内ばかりでなく、日本にも今後作ることは?

濱地/ソフトウエアベンダー 是非持ってきたいところですが。アメリカですとサンフランシスコとボストン、カナダとイギリスと、もう一つドイツで作ろうと。もしかすると、次は日本かもしれません。まあ、その前にもしかすると中国大陸の方が先行するかもしれませんが。どこかアジアにも作ることになると思います。

森山/コンサルタント これは豊田さんに聞くことになると思いますが、シンガポールのデジタル化BIM化ですがAutodeskではなくDassaultに取られてしまっていると聞きます。

豊田 両方入っていますね。

森山/コンサルタント そうなのですね。BIMでスペックとか入れているのですか?

豊田 Virtual Singaporeについてそこまで詳しくないのですが、シンガポールでは確認申請をBIMで行うということは先行して行っていますし、町全体をデジタルで記述することでどのようなサービスがプラットフォームに乗るのかということを、都市国家としての大きなビジョンの中で行っています。すごく面白いですし、そこでしかできない実証実験であると思います。デジタル化されているからこそ自動運転が動きやすいとか、群衆シミュレーションができやすいとかどんどん相乗効果があり、それが実証実験できる環境だから、ベンチャーが集まってみたいな経済政策が紐づいています。

濱地/ソフトウエアベンダー Dassault社のソリューションは、日本でいう建築研究所のような「NRFという研究機関のVirtual Singaporeで利用されています。日本の国土交通省に当たる「BCA」では、Autodesk Revitを使って現場での運用を指導しています。

小笠原 地に足の着いた地道な技術と、打ち上げ花火のような技術があって、両方の歯車がうまく連動して進んでいく必要がありますよね。先ほどのBuild Spaceでは、新しくて面白いものをどんどん作っていってもらいたいと。

豊田 私もPier9 (San Francisco)の方には行ったことがあります。ギャラリーがあって、採算度外視で。将来上場したときのコンサルティングもあるし。ワールドマーケットの中で試してみる動きができているのがすごいですね。

小笠原 日本の企業にありがちな、半年までに収益を上げる必要があるとか本当にリターンがあるのかといった後ろ向きな態度だとなかなかこのような試みなできない。社会の空気みたいなものがあると思う。

石澤/ゼネコン イギリスの設計事務所で働いている方から聞いたことですが、新しくRhinoを担当することになり、リスクを負いきれないのでかけている保険を増額してもらったと。そういえば保険の話をしっかり調べたことがありませんでした。リスクテイクをするからには、それに対するセーフティネットが無いと困るし、何かあったときにパニッシュメント(制裁)が社会的に発生すると仕事が続けられなくなってしまうので、お金で清算できるようにすると。アメリカもきっとそうだと思うのですが。

小笠原 イギリスでは東インド会社の時代から、リスクを適切に評価してお金に換算する、または換算するべきだという社会システムができています。アメリカもその考え方にならい、リスクを評価して保険を掛けることができるのだろうと思います。日本ではそこまでプロジェクトリスクを評価できる人がいないことと、評価できるシステムがない。全く新しいものに対してチャレンジするのが難しい土壌だと思います。アメリカではすぐ訴訟になるので、だからこそ設計フィーが高いことがあるようです。アーキテクトやエンジニアのフィーが高くても、保険や訴訟によって、実際の収入はそこまで高くないのかもしれませんね。

森山/学生 電機大学の学生です。設計者はこのままではまずいと言われている中で、学生は設計者を目指している。しかし教育はこのまま変わらない。今学生に必要な意識、これからの時代を生きていく上でどのような意識が必要なのでしょうか。

小笠原 とても難しい質問ですね。(笑)たぶん現在話題に上がっている「デジタル」って言葉みたいなものだと考えています。例えば、英語だけでなくフランス語中国語スペイン語などできた方がより多くの人とつながりビジネスのチャンスにもつながります。「デジタル」っていう言語ができる、もしくは怖がらないという姿勢が大切だと思っています。怖くないからやってみようという態度が重要。教員の立場からすると、失敗してもよいからとりあえずやってみようよという環境を作ってあげることが重要だと思っています。一方で、失敗した学生をそれなりに評価することも大切ですが、それはとても難しいですね。会場にいらっしゃる教員をされている方々はどのようにお考えなのでしょうか。

豊田 先程の言語の話ですが、興味があるのだったらNHKラジオ英会話で英語を自分で覚えるという話ですよね。大学で英語を教えないのかという話にもなってくるのかな。今大学に残る「技術は専門学校で教えるべきだ」という妙な差別意識、大学でデジタル技術を教えないというものがいまだにある。もう教えないとまずくないですか?その辺、教える側としてどうなのですかね?

田中/大学教員 デジタル化の話ではないのですが、ThinkとMakeの考え方の違いが連続しているかが重要だと思います。大学で考えることと作ることを分けるのか、考えることと作ることが一連の流れにあるのか、それが、大学の枠を超えてインダストリーや産業界とつながる。このあたりに明確な違いはありますか?

小笠原 アーキテクトの職能が19世紀後半から分離して、大学の建築学部が設立されます。このころThinker / Makerの分離してしまった。日本は造家学科さらに建築学科としてこの西洋で起こった流れをそのまま導入した経緯があります。現在アメリカでは、デジタル化が進むことと同時に、Thinker /Makerの融合が大学の中で戦略的に進めている気がします。これはヨーロッパではなくアメリカだけの状況かもしれませんが。一方日本では、大学や建築家協会などでも、既存の枠組みにしがみついていてなかなか次に進みづらい状況にあると思います。それは「槇さんのようになりたい」といった教育を受けてきた我々教える側の人間としても、今までの考え方を一新してThinker /Makerが一緒になるべきだとなかなか考えづらいところがある。できないからやらないのではなく、やるべきだと考えて教えていくべきだと思っています。

豊田 前と同じ評価軸の中で行っていたら何も変わらない。新しい技術を一つの言語としたときに、新しい言語を習得すると考え方や人格も変わる。そうして初めてこういうものが融合したり違う構造性や関係性になったりする時に、つながる可能性が出てくる。社会的に言語が飽和している状況を作らなければならないという意味で、教育がある一定のマスを増産してクリティカルポイントを作らないと、次の新しい社会的人格が成立しない。

小笠原 大学で教えるようになって日も浅いですが、教育って大切だなと改めて思います。

豊田・小笠原 あ、一番面倒くさそうな人がきた。(笑)

木村/設計事務所 ヨーロッパ帰りのコンサバな建築設計をする木村と申します。(笑)デジタル化が進むことで得られることが話の中心だったと思うのですが、デジタル化が進むことで失われるものは何でしょうか。建築に限ってでよいのですが。

小笠原 デジタル化が進むことによってモノを手で作ることが究極的には失われていくような気がします。途中でお話ししたモジュラー化・インテグラル化ですが、デジタル化が進むとどうしてもモジュラー化せざるを得ないので、インテグラルつまりすり合わせの状況で作ることが難しい。そういった意味では、デジタル化が進んでいくと、インテグレーションする部分が失われていくということだと思います。抽象的ですが。

豊田 安藤事務所にいたときより、SHoPに行った時の方が、断然モノづくりをしている感じがあります。現場でのモノづくりのリアリティをより知っていないと設計ができなくなったのはSHoPに行ってからですね。実感としては。

小笠原 ここでスイスの話を始めるとまた1時間くらいかかってしまいますよねぇ。(笑)

豊田 これから近くで少し飲む機会もあると思います。質問のある方は個別に話をして下さい。

小笠原 初めての方も大勢いらっしゃると思いますが、是非名刺交換などさせていただければと思います。せっかくご縁をいただいて、このようなつながりもできたので。

豊田 質問などある方はtwitterで呟いてもらえれば対応できると思います。

小笠原・豊田 どうもありがとうございました。

終了

長文読んでいただき、ありがとうございました。今後、多方面に調査・研究・実務を広げていきたいと思っています。

なお「設計」の将来について考える には、AIの存在を抜きには語ることができません。オックスフォード大学准教授らの論文をもとに建築設計業務のAI化について考えてみた も併せてご覧ください。また、2017年秋に訪れた英国調査については、BIMの普及状況を英国NBS(National Building Specification)に確認しに行ってみた をご覧ください。