BIMは本当のところどの程度普及しているのでしょうか。実際、特殊なパイロットプロジェクトや、プロジェクトを通じてうまく活用できた一部分のみを取り上げて、「BIMの活用ができた」と宣伝している場合が多いように思えるのですが、実際どの程度、建設産業に普及しているかよくわかりません。

千葉大学の安藤正雄先生や芝浦工業大学の志手一哉先生らと共に、米国と英国を対象として「BIMがどの程度浸透しているのか」について、発注者・設計者・施工者や各種団体を対象として調査をすすめています。ここでは昨年訪れたNBSについて書きたいと思います。

NBS(National Building Specification)とは

NBS は設計・施工時に用いられる「仕様書」の記述方法を制定するRoyal Institute of British Architects(RIBA 王立英国建築家協会)の外郭団体です。1973年に設立され、現在では5000以上の事務所でこの「仕様」が使われています。2012年にはBIMライブラリを立ち上げその普及に努めています。ロンドンではなく、ニューカッスルという地方都市にその本部はあります。

フルリノベーションされたNBSの建物
天井の高い1階オフィス

建築の設計図書は、大きく分けると「設計図」と「仕様書」から成り立っています。「設計図」および「仕様書」は建物ごとに異なりますが、「仕様」の内容をどのように分類しどのように記載するかについて「標準化」された共通認識が無いと、新しくプロジェクトチームを組む設計者間および設計者施工者間での情報共有がスムーズにいきません。

BIMには、形状、数量、建物要素のプロパティ(例えばメーカー情報など)、地理情報など様々な情報が含まれている。BIMは、建設工程および施設管理を含む、建物のライフサイクル全体を表現するために使用される。ユーザーインターフェースとして、3次元モデルで表現されることが多いが、データベースと捕らえると理解しやすい。従って、様々な情報を簡単に抽出することができる。(Wikipediaより)

BIMは単なる3次元モデルとして認識されがちですが、その本質は様々な属性データを含んだ建築物のデータベースであり、その情報を計画・設計・施工・運用でつないで利活用していくことが重要と考えられています。BIMを推し進めるためにはこのようなデータベース構築がカギとなりますが、その記述方法について共通理解が無いと、データベースが適切に構築できず、結果うまく情報共有できないことにつながります。「標準化」をすすめその記述方法を制定するNBSは、BIM浸透にとって大変重要な役割を果たしていると言えるでしょう。

英国ではBIMは着々と浸透しているようです。BIMを採用している人の割合は、2011年には13%であったものの、2017年には62%にまで上昇しています。6年間の間に設計手法が大きく変化していることが以下の表から分かります。

NBS National BIM Report 2017より

 

BIM Mandate

英政府は、2016年4月4日までに、公共調達プロジェクトをBIMによって行うことを宣言しました。これはUK Government’s BIM Level2 Mandate(BIM Level2によって公共調達を行う英政府の命令)と呼ばれています。以下はBIM成熟度モデルと呼ばれる、BIM関係者にはとても有名な図です。

「手書き」から「CAD」に移行した時、設計手法において大きなパラダイムシフトがありました。「CAD」から「BIM」に移行しつつある現在、設計組織によっては「CAD・BIM併用」として緩やかに変わる場合もあれば、新しいプロジェクトを境に「CAD」から「BIM」へと大きくシフトする場合もあるでしょう。これらの流れを「BIM成熟度モデル」は概念的に示しています。

BIM成熟度モデル (BIM Maturity Model)
British Standards Institute (BSI) の関連ウェブサイトより

Level 0 :2次元のCADによってのみ設計図書を作成する
Level 1:2次元と3次元の組合せによって設計図書を作成する
Level 2:BIMモデルを、意匠・構造・設備などで部分的に共有する
Level 3:共通のBIMモデルを関係者間全員で運用する

組織事務所やゼネコン設計部の先進的な試みもありますが、日本全国のアトリエ系建築設計事務所や中小工務店も含めると、大部分の建築プロジェクトはLevel 0またはLevel 1といったところではないでしょうか。それでは、英国ではどの程度Level 2が実現できているのでしょうか。

NBS National BIM Report 2017より

これで見ると、現段階で70%は既にLevel 2に到達しているようです。Level 3までにはまだまだ時間がかかりそうですが、日本よりもはるかに浸透していると言えそうです。

公共調達プロジェクトによって英国内にBIMを浸透させ、徐々に民間プロジェクトでもBIM採用を促そうとしています。実際に施工や運用に活用するため、デベロッパーなどの発注者もBIMによる設計情報の作成を義務付けていると、発注者・設計者からヒアリングすることができました。

使用ソフトウエア

設計者として気になるのは、設計に当たりどのようなソフトウエアを使用しているのかということです。実際、日本でははっきりとした統計を見たことがありませんでした。

NBS National BIM Report 2017より

この表によるとAutodesk Revitが最も浸透しているソフトウエアのようです。そのあとにArchiCADが続きます。一般的CADのソフトウエアであるAutoCADも使われているようです。

数年前の米国調査の際には、「AutoCADを廃止して、Revitだけで設計している。昔から続いているプロジェクトはAutoCADで運用するが、新しいプロジェクトは全てRevitである。」とした建築設計事務所が多くありました。必要に応じてRevitでも2次元の図面は描けるので、AutoCADと併用する必要はないわけです。BIMに移行するためには、設計組織として大きな決断をする必要があります。手書きからCADに移行するのと同様なパラダイムシフトが、既に起こっているといえますね。

組織設計事務所とアトリエ系建築設計事務所

設計環境は組織設計事務所とアトリエ系建築設計事務所で大きく異なると考えられます。組織設計事務所は資金やノウハウもあり、大規模プロジェクトを設計しているため、BIMを採用するメリットも大きいかもしれません。一方アトリエ系建築設計事務所ではなかなかBIMに手を出しづらいのが日本の現状なのではないでしょうか。

NBS National BIM Report 2017より

調査によると、小規模建築設計事務所(15人以下の組織)では、48%の事務所がBIMを採用しているのに対し、中規模建築設計事務所(16人~50人の組織)および大規模建築設計事務所(50人以上の組織)では74%の事務所がBIMを採用しています。日本では、小規模であるアトリエ系建築設計事務所もここまではBIMを採用していないのではないでしょうか。

天窓から光が入る最上階オフィス
NBS-BIM-Workflowより

 

オープンなプラットフォーム

NBSのように「仕様書」の記述方法を制定する団体が存在し、絶えずその枠組みを更新していることが、BIMの浸透に大きな役割を果たしていると言えます。米国にはConstruction Specifications Institute (CSI) と呼ばれる団体が存在し、「仕様書」の記述方法を規定しています。NBSとCSIはそれぞれ独自の記述方法を持っていますが、お互いにすり合わせをする試みもなされているようです。この件については、追って調査していきたいと思っています。

日本のプロジェクトでは、官庁営繕の公共工事標準仕様書が「標準仕様書」として使われています。しかしこの標準仕様書において用いられている分類・記述方法は「標準化」されているわけではなく、必ずしも日本国内のすべてのプロジェクトで同じ分類・記述方法が使われているわけではありません。例えば設計者が特記仕様書を作成する場合、見出し番号や分類方法も、設計事務所やプロジェクトチームによってまちまちです。これでは、設計・施工・運用をつなぐデータベースにはなりえません。

「標準化」の概念は、日本ではあまり馴染みが無いかもしれません。米国の事例となりますが「標準化」の分かりやすい事例として、US National Cad Standard による各レイヤーの命名ルールがあります。例えばArchitecture(建築)のWall(壁)のFull(フルハイト)を表現する場合、A-Wall-Fullというレイヤー名とするように規定されています。こうした「標準化」されたルールに従って各設計者が図面を作成することによって、意匠・構造・設備の設計者のみならず施工者・発注者・運用者を含めて情報共有を円滑にすることが可能となります。

NBSでのミーティング

NBSでのミーティングでも、「日本は技術が進んでいると思われるのに、なぜBIMが普及しないのか?」「なぜ日本には、『仕様書』作成のための共通の分類方法が無いのか?」といった疑問を投げかけられました。オープンな環境で建設産業を振興していく方が良いというNBSの人たちにとって、日本のように各組織ごとに閉鎖的に開発や設計を行う状況がよく理解できないようでした。このような彼らの疑問は、BIMの必要性を感じていない日本国内のマーケットのみを対象とした建築関係者にはあまり響かないかもしれません。

今後、日本の発注者・設計者・施工者の間で本当にBIMが浸透するのか、さらなる調査をしていきたいと思います。