先週4月26日、I. M. Pei(以降Peiさん)(Chinese: 貝聿銘)が101歳の誕生日を迎えました。「Peiさん」のことは、ある程度の年齢の建築関係者でなければ知らないかもしれません。リタイヤされて久しく、もはやメディアに出られることもないので、一般の方は当然として、建築学科の学生も全く聞いたことが無いでしょう。(蛇足ですが、ペイ事務所関係者は、呼称としてMr. PeiではなくファーストネームのI. M.「アイ・エム」を用いることが多いです。)

ガラスのピラミッド夜景
ピラミッド内部のらせん階段

ルーブル美術館 (Grand Louvre Modernization)(1988年竣工)のガラスのピラミッドを見たことがありますか? I. M. Peiの名前は知らなくても、パリに行ったことがある人は、見たことがあるかもしれません。

ワシントンDCにあるナショナルギャラリー東館 (National Gallery of Art, East Wing)(1978年竣工)も、アメリカ国内における著名な建物の一つです。カルダーの巨大モビールが展示されているアトリウムは圧巻で、40年の古さを感じさせない建物です。

広場に面したファサード
アトリウム

日本ではあまり知られていませんが、ジョン F. ケネディ図書館・博物館(John F. Kennedy Public Library) も彼の作品の一つです。ミース・ファン・デル・ローエ(Ludwig Mies van der Rohe) やルイス・カーン(Louis I Kahn) らも設計候補者でしたが、彼らを抑えてこのプロジェクトの設計のコミッションを得ています。

John F. Kennedy Public Library ウェブサイトより

このように世界的に有名な建物を設計し、1983年には建築界のノーベル賞とも言われているプリツカー賞を受賞しているPeiさんですが、彼の建築家としての経歴を飾った最初と最後の作品がチャペルであることを皆さんご存知でしょうか。

私は2000年から2004年まで、ニューヨークの建築設計事務所Pei Cobb Freed and Partnersに勤務していた縁があり、MIHO美学院中等教育学校 (MIHO Institute of Aesthetics)の設計・監理に携わりました。Peiさんはその中でもMIHO美学院チャペル(MIHO Institute of Aesthetics, Chapel) の設計に注力されたのですが、

チャペルに始まりチャペルに終わる建築家人生としたい

といった強い意向から設計が始まりました。このブログでは、新旧二つのチャペルを振り返ってみたいと思います。

建築設計事務所を設立するまで

1917年広州で生まれたPeiさんは、香港・上海で幼少期を過ごし、1935年に渡米します。当時ボザール全盛だったペンシルベニア大学建築学科(University of Pennsylvania)に入学後、マサチューセッツ工科大学(MIT)に編入・卒業。第二次世界大戦後の1946年にハーバード大学大学院(Harvard GSD)を修了しましたが、ヴァルター・グロピウス(Walter Adolph Georg Gropius)やマルセル・ブロイヤー(Marcel Lajos Breuer)の下でモダニズム建築を学んでいます。

1946年からグロピウスの設計事務所に勤務しつつ、ハーバード大学大学院の助教授を務めていましたが、1948年よりウィリアム・ゼッケンドルフ(William Zeckendorf)が社長を務める不動産開発会社ウェブ&ナップ社(Webb and Knapp)の設計部門代表として全米中の都市再開発プロジェクトを手掛けるようになります。

1955年にはI.M.Pei & Associatesを設立し、ウェブ&ナップ社を主なクライアントとしつつも建築設計事務所として独立して活動するようになります。1966年にはI.M.Pei and Partnersと改組し、1989年にはPei Cobb Freed and Partnersとなり現在に至ります。Michael Cannell著 I.M.Pei: mandarin of modernism に詳しく書かれています(英語です)。読み物としても面白いです。興味があればぜひ。

Luce Memorial Chapel

Luce Memorial Chapelは、台湾の台中にある東海大学のキャンパス内に位置します。東海大学はメソジスト系宣教師によって1955年に建立された総合大学で、台湾ではもっとも古い私立大学です。もともと1954年に計画されていましたが、1960年まで計画が延期され、実際に竣工したのは1963年です。1955年にI.M.Pei & Associatesとして独立して活動するようになったことを考えると、独立初期の重要なプロジェクトであったことは間違いありませんね。

延床面積は477㎡で、うち500席分の信者席のある部分は245㎡、内陣(礼拝堂の正面で一段高くなっている所)は81㎡、高さは19.2mです。

内陣裏側からの眺め
入り口側からの眺め
表面の磁器質タイルが夕日に反射して光っています
近くで見るとこんな感じ
内陣

入口から入ると内陣がこのように見えます。スカイライトから差し込む夕日がとてもきれいで印象的でした。

エントランス付近

入口側を振り返るとこんな感じです。30分近く座ったり歩き回ったりしていたのですが、とても居心地のよい空間でした。

建築設計者として面白かった点がいくつかありました。まずワッフルスラブ状の壁。壁の下部と上部で形状が異なるのは、構造力学的な状況を反映しているからなのでしょうか。コンクリートもとてもきれいに打設されていました。また、思ったほど音が反響していなかったのは、このワッフル形状が吸音に多大な効果をあたえているのかもしれません。

ワッフルスラブ状のRC壁

空調ダクトが、床と壁の間に設置されています。潔くむき出しのままですが、不思議とあまり気になりませんでした。

空調吹き出し口

前面と後面がガラス張りでスカイライトまであると、直射日光で内部が大変暑くなるはずです。上部にはしっかりと通気用ガラリ(幅の狭い羽根板をブラインドのように斜めに並べたもの)が設置されていました。

スカイライト付近のガラリ

さらに極めつけはメンテナンス用のタラップとアクセスハッチが、信者席からうまく隠れるように設置されていたことです。内陣側に回り込んで初めて、初めて分かりました。タラップやFIXの開口部脇には蛍光灯トラフも設置されているので、夜間にもきれいにみえるでしょうね。

タラップとアクセスハッチ

1963年に竣工したLuce Memorial Chapelからおよそ50年後、2012年にMIHO Institute of AestheticsのChapelが竣工しました。半世紀を経て同じ建築家が同じチャペルを設計した訳ですが、どのような類似点や相違点があるのでしょうか。

MIHO Institute of Aesthetics, Chapel

MIHO美学院中等教育学校の中心に位置するチャペルは、ペイさんの建築家人生の中での最後のプロジェクトです。2007年にこの設計が開始され、竣工までに5年をかけました。私はニューヨークの建築設計事務所Pei Cobb Freed and Partnersに勤務していた縁があり、日本側の建築設計事務所として、設計開始時から現場常駐および引渡しの最終段階まで、プロジェクトに参加することになりました。

設計

I. M. Pei Architect(担当 Hiroshi Okamoto
io Architects LLP
小笠原正豊建築設計事務所

構造

Leslie E. Robertson Associates, RLLP
青木繁研究室
中田捷夫研究室
力体工房

設備

森村設計 

音響

Xu Acoustique 

照明

Fisher Marantz Stone

施工

清水建設株式会社

Leslie E. Robertsonは、超高層を得意とするニューヨークの構造設計者で、ミノル・ヤマサキ設計の旧ワールドトレードセンター(World Trade Center)も、彼の構造設計です。青木繁研究室・中田捷夫研究室・力体工房は、坪井善勝に流れを汲む構造設計者チームです。

森村設計も1965年に設立された歴史ある設備設計事務所です。日本の多くの建築家たちの作品の設備設計を行っています。

Albert Xuはパリの音響設計者ですが、Peiさんを始めとして、クリスチャン・ド・ポルザンパルク (Christian de Portzamparc)、サンティアゴ・カラトラバ  (Santiago Calatrava)、フランク・ゲーリー(Frank Owen Gehry)らの作品も手掛けています。

Fisher Marantz Stoneはもともと、Jules Fisher および Paul Marantzによって1971年に設立されたニューヨークの照明設計事務所に由来します。照明設計者という職能の確立とともに、世界中で多くのプロジェクトに携わってきました。

地上1階地下1階建てのこの建物は、延床面積が1845㎡で、建築面積が603㎡、採光高さは18.8mとなっています。高さはLuce Memorial Chapel(19.2m)に比べてやや低いですが、ほぼ同じ高さと言ってよいでしょう。地上階の床面積はLuce Memorial Chapel に比べて広いので、やや横に広い安定した形に見えます。

プロジェクトの実施が決まってから、2週間ほどで、形状のコンセプトが決まりました。伝統的な日本の扇子をモチーフとして、二つの頂点を一点にあわせ、くるっと丸めた立体化した形です。このアイデアは、プロジェクトの最後までぶれることがありませんでした。

ダイアグラム図 清水建設 丹野貴一郎さん作成
Peiさんとの打合せ風景 2007年11月施主打合直前の写真

このチャペルは、新設される中高一貫教育校の敷地中央に配置された、象徴的モニュメントとしての役割を果たします。地上1階に位置する礼拝堂には、南北2か所の地下入口よりアクセスします。ロッカー室において上履きに履き替え、ホワイエを通過し、チャペル屋内の両側の階段を上って、光あふれる地上1階の礼拝堂へと至ります。この一連のシークエンスが、とても印象的な空間体験となることを期待しています。

MIHO Institute of Aesthetics

もともとは「一枚の布」のような外壁が前提でしたが、これだけ大きな建物の外装を一枚の素材で覆うことはできません。結局、総数51枚前の全長18.5m 厚さ5㎜のステンレスパネルを用いることになりました。全てが異なる3次曲面をしています。ブラストした仕上げ表面には不動態化被膜を施しているので、外装メンテナンスを極力抑えています。パネル製作は、アップルのショールームのファサードでおなじみの菊川工業です。千葉の工場にはステンレスパネルのモックアップが展示されているので、工場検査に行かれる際にはぜひご覧ください。(以降、チャペル関連の写真のクレジットはhigashide photo studioさんです)

結局、限りなく曲面に近い形状となりました。

内装材には総数量約8000枚の吉野杉の積層パネルが用いられました。吉野杉パネルの目地から吸音し、木のやわらかい香りを楽しむことのできる空間となっています。木パネルもまた3次曲面をしており、すべて異なる形状をしています。木パネル製作は、京都の老舗、宮崎木材です。

吉野杉の壁パネル、フレンチオークのフローリング、そしてルーブル美術館などでも使われているフランス産ライムストーンMagny(マニー)の組み合わせによって、温かみのある柔らかな雰囲気の空間です。

Magnyの採石場での検査

ちなみにフランスのブルゴーニュ地方の採石場で採取されるMagnyは、ペイさんが好んで使う上品なライムストーンなのですが、日本ではほとんど出回っていないようです。薄い黄色みのかかったやわらかいベージュ色は、他の石ではなかなか代替できません。

木パネルは傷や手垢が付かないように細心の注意が払われて施工されました。木は自然素材なので、色や木目がそれぞれ異なります。一か所だけが突出して目立たないように、あらかじめ木パネルを仮置きして、木目の異なる材がバラバラになるように配置(ブレンディング)してから最終製作が行われました。(自然素材である石材Magnyも同様にあらかじめブレンディングされています。)

設計情報の伝達と共有

このプロジェクトでは、3次曲面の設計・施工がカギとなりました。2次元のCADデータではなく、Rhinocerosによる3次元データを用いて、設計から施工まで一貫したデータ共有を行ったことが、このプロジェクトの成功のカギとなっています。

設計者によって作成された3次元データは、清水建設によって施工性や相互干渉の検討。修正がなされたうえで、外装材や内装材の各施工者へと伝達されました。施工監理は慣習に従て2次元の紙媒体によって行われましたが、実質的には3次元データによる形状確認が最重要視されました。

今から10年ほど前に設計開始されたプロジェクトですが、こうした形状に関する情報共有のプロセスを通じて、さらに高度な情報共有が求められるBIMによる設計・施工プロセスについて、いろいろな示唆を与えています。

Rhinoceros による外部足場検討図 (清水建設作成)

日本のプロジェクトだからこそ実現できたもの

Peiさんは、Luce Memorial Chapelから半世紀が経過し、Miho Institute of Aesthetics, Chapelの設計をこころみました。最後のプロジェクトに当たり、日本の施工精度をもってしか実現しない形状や素材の選定が行われました。ステンレスパネルや吉野杉パネルさらにはその基となるRCシェルの躯体における高精度の3次曲面は、高い施工技術を持つ日本でのみ実現できるのではないでしょうか。清水建設および数多くの専門工事会社との緊密な協働作業があってこそ具現化したと言えるでしょう。竣工時、Peiさんは大変満足そうにされていたのが記憶に残っています。

ペイさんご夫妻と設計チーム 右端に私

Peiさんの作品は、幾何学的形状にインスピレーションを得つつ、ガラスや石材や金属といった素材の納まりに最新の注意を払って設計されています。象徴性を持った幾何学的形状はとかく人間の存在を超越しがちですが、温かみのある素材を選択しそれぞれが調和することにより、品格がありながら親しみやすい空間が実現していると考えています。

このブログでは新旧二つのチャペルを対比しました。Peiさんという優れた建築家が実現したい空間は、実は時代を超えても質的な違いはあまりないのかもしれません。半世紀を経て建築的な技術が進歩し、数多くの設計者・施工者の協働のもとPeiさんの夢を実現することができました。自分にとってとても印象に残るプロジェクトとなりました。