今回のブログでは、建物外禁煙として建物内に喫煙所を設けている日本と、建物内禁煙として建物外に喫煙所を設けている米国について考えてみました。

東京都受動喫煙防止条例によって何が変わる?

つい先日、東京都は受動喫煙対策を強化するための都独自の条例案をまとめたようです。この条例案だと、従業員がいる場合、店の規模にかかわらず原則、禁煙にするとしていて、規制対象となる飲食店は約84%となるようです(東京都福祉保健局ウェブサイトより)。

2018年4月20日付の東京都福祉保健局による「東京都受動喫煙防止条例(河床)の基本的な考え方」では、

東京都受動喫煙防止条例(仮称)骨子案(平成30年4月20日公表)東京都福祉保健局のウェブサイトより

ここで着目すべきは「多数の者が利用する施設等」では、屋外喫煙場所や喫煙専用室を設ければ、喫煙者は喫煙可能となっており、喫煙者との共存が前提となっているところだと思います。ちなみに、2017年9月8日付の東京都福祉保健局による「東京都受動喫煙防止条例(河床)の基本的な考え方」では、

東京都受動喫煙防止条例(仮称)の基本的な考え方(平成29年9月8日公表)東京都福祉保健局のウェブサイトより

このように2017年9月8日の案は、敷地内禁煙や喫煙専用室設置不可などが提案されているため、2018年4月20日の案に比べて、より厳しかったことが分かります。パブリックヒアリングを経て、より実現可能な路線を選んでいるのかもしれません。今回の条例案の実現に向けて、東京都の本気度合いを感じさせます。

ここで、建築設計事務所の設計者に関係ある要素は、「敷地内喫煙の有無」と「喫煙専用室設置の有無」となるでしょう。特に「喫煙専用室」を設けるか設けないかで、喫煙室設置場所の選定、排気のための排出装置や屋外に排気するためのルート確保なども問題となります。

東京23区の路上喫煙禁止条例

喫煙室が設置されていない建物では屋外で喫煙することになりますが、区によっては路上喫煙禁止エリアを制定しています。
千代田区は『安全で快適な千代田区の生活環境の整備に関する条例』を2002年(平成14年)に制定し取り締まりを実施するようになりましたが、日本初の路上での喫煙に対して過料を適用した条例だそうです。それ以降、23区にも徐々に路上喫煙禁止が広がりました。現在では

罰金刑および過料徴収を明記している条例がある23区は
目黒区、千代田区、品川区、大田区、杉並区、板橋区、練馬区、足立区、北区

努力義務かつ禁止かつ過料罰則の無い条例がある23区は
中央区、新宿区、文京区、世田谷区、中野区、台東区、港区、江東区

Wikipedia 路上喫煙禁止条例より)

千代田区のように区内全域で公道上の路上喫煙を禁止をしている区もあるようですが(ただし皇居エリアは除く)、多くの区では、ある路上喫煙禁止エリアを制定して条例を施行しているようなです。区によっては区内全域が路上喫煙禁止だと思っていたのですが、必ずしもそうではないようですね。

ちなみにニューヨークでは

ニューヨーク市は2003年にバーやレストランでの喫煙を禁止しました(今から15年も昔です)。そして2011年には公園や海岸での喫煙を禁止しました。2018年3月には、歩きたばこ禁止の条例案が提出されました。周囲の歩行者が受動喫煙する可能性があるためです。(New York 1 ウェブサイトより)

ここで面白いのは、歩きたばこは禁止されますが、立ち止まっての喫煙は禁止されていないことです。以前から、ニューヨーク市のレストラン・バー・店舗では、喫煙は禁止されていましたが、屋外で喫煙する人は数多く存在していました。特にレストランやバーのエントランス付近に灰皿があって、喫煙する人たちをよく見かけていましたが、こうした人々はまだ存在し続けるということです。。

このように見てみると、東京とニューヨークの喫煙に対する考え方の違いが明確に出ていると思います。一目でわかるように傾向をまとめると

東京
建物内 → 喫煙室(喫煙専用室)を作る
建物外 → エリアによって路上喫煙不可

ニューヨーク
建物内 → 禁煙
建物外 → 路上喫煙可(歩きたばこ不可)

つまり、禁煙に対する方向性をざっくりまとめると、東京は建物外喫煙不可 ニューヨークは建物内喫煙不可 と言えるわけです。喫煙に対する考え方の違いがはっきりと確認出来て面白いですね。

ところで、建築物の設計を行う際、環境配慮することはもはや常識となってきています。さらに、環境性能評価を行うことも徐々に広がっていると言えますが、日本の環境性能評価システムのCASBEEと米国の環境性能評価システムのLEEDでは、喫煙に対する考え方も異なるわけです。そのため、米国のLEEDを用いて日本の建物の環境性能評価を行う場合、もともとの喫煙に対する考え方が異なるので問題が発生します。

因みに私は、登録してから一度も利活用していないCASBEE建築評価員とCASBEE戸建評価員のペーパー評価員です。利活用はしていないものの、建築設計事務所として環境配慮型の建築を設計していく重要性を切に感じているため、CASBEE評価員の資格を取得した経緯があります。

米国の環境性能評価LEEDでは

たばこの煙に対するLEED v4での考え方(LEED BD+C: New Construction | v4 – LEED v4 Environmental tobacco smoke control)が、USGBCのウェブサイトに掲載されています。

まず、建物の利用者、内装材、換気システムに対して、たばこの煙が最小限にしか触れないようにすることが大前提となります。その実現のために、

・ 建物内では禁煙
・ 屋外の喫煙エリアは出入口・給気口・開閉式窓から7.5m以上離れて設置
・ 建物出入口3m以内に禁煙のサインを掲示

を必須としています。出入口の周りに灰皿がある場合も多いですが、それらはNGとなる訳ですね。

ここで問題になるのは、日本の新築建物でLEED認証を得ようとする場合です。そもそも「建物内では禁煙」が前提となっているのですから、喫煙室を前提としている建物では、LEEDの認証を取ることができなくなります。日本では路上喫煙が禁止されているエリアもあり、結果、建物内部と外部の両方で喫煙が禁止されることになります。

LEEDの運営母体であるUSGBC(US Green Building Council)に対して、USGBCと連携して活動する日本の団体GBJ(Green Building Japan)では、LEEDを日本で使いやすくするために「たばこ特例」を交渉しているようです。

プロジェクト地域に関する要件
• 所定の場所以外の屋外禁煙が義務化された地域内
• 屋外喫煙指定場所から徒歩5分以上離れている
• 密集地に位置していること(8,000m2/ha以上)

プロジェクトの運用に関する要件
• 室内空気質管理計画の策定、および定期的確認と更新

この資料は新築(BD+C)についてですが、別のカテゴリーにおいても徐々に「タバコ特例」が浸透しつつあるようです。この中では、「外から内へ向かう気流速度0.2m/s以上(ドア開放時)」といった屋内喫煙室の仕様に関する要件も決められています。このように「室内空気質管理」をエビデンス前提に管理するところが重要だと思います。

日本の環境性能評価指標CASBEEでは

次に、たばこの煙に対するCASBEEの考え方(CASBEE-建築(新築)2014年版)についてみてみましょう。喫煙の制御として

レベル3:喫煙ブースなど、非喫煙者が煙に曝されないような対策が最低限取られている。

レベル5:ビル全体の禁煙が確認されている。または、喫煙ブースなど、非喫煙者が煙に曝されないような対策が十分に取られている。

といった記述があります。建物種別としては、事務所・学校・物販店・飲食店・集会所・工場・病院(外来待合)・ホテルの建物全体や共用部分を対象としており、住居・宿泊部分は評価しないとあります。

2014年版 CASBEE-建築(新築)では、喫煙ブースがどのような構造であるのか、また、非喫煙者が煙に曝されないような対策について、具体的な数値目標があるわけではないようでした。今後、禁煙の流れが一般化するについて、これらの目標もより明確にしていくのではないでしょうか。

完全密閉された喫煙専用室(喫煙室)を作るには?

いままで禁煙席と喫煙席の位置を「喫煙コーナー」によって対応してきた飲食店も多いと思います。場所を離しても空気はつながっているので受動喫煙の根本的な解決にはなりません。さらに空気清浄機によって喫煙対策をされていると考えている飲食店もあるかもしれませんが、空気清浄機ではたばこの有害成分を完全に除去することができないため、たばこの煙を直接外部に排出する必要があります。どうしても喫煙室を作らなければならない時には、どのようにしたらよいのでしょうか?

厚生労働省のサイトに、「受動喫煙防止対策の現状と課題」という資料が掲載されていました。外気に面した窓に換気扇3台が設置された喫煙室に対する検証です。
要約すると、

換気扇3台を設置した喫煙室でもドアのフイゴ作用(ドアを押し込むときにたばこの煙が喫煙室から外部へと押し出される作用)が見られた
退出する喫煙者の身体の後ろに空気の渦ができて煙が持ち出される
垂れ壁とエアカーテンで喫煙席と禁煙席を分けても効果なし

とのことでした。喫煙室から非喫煙場所へたばこの煙やにおいの流入を防止するため、その境界において、喫煙室に向かう0.2m/s以上の空気の流れの確保できたとしても、フイゴ作用に対して対応するのは困難のようです。

このような状況に対応するためには、単に喫煙室に換気扇を設置すればよいだけではなく、必要な風量の給気と排気が確保できることが必要となります。特に屋外から喫煙室への給気と、喫煙室から屋外への排気を実現させるためには、ダクトルートを確保しつつ、外壁面に十分な面積のガラリ(給気口・排気口)を設置することが必要となります。

新築の場合はこのような計画を前もって行うことができますが、既存改修の場合は、かなり難しいと言えるでしょう。「0.2m/s以上の空気の流れ」を確保するためには、給気量・排気量ともに増加させる必要があります。ダクト径を大きくしたり本数を増やすことにより、その分天井を部分的に下げたり、壁をふかしたりする必要があるでしょう(構造躯体である梁にスリーブの穴を開けるわけにもいかないので)。さらに外壁面に十分な面積の給気口・排気口を設置するには、非構造壁に相当の大きさの開口部を開ける必要があります。

別の厚生労働所のサイトには、「効果的な分煙対策を行うための留意事項」が掲載されています。その中で、喫煙室を設置した場合の法規上の対応として、

喫煙室を設置することは、新しく壁等により囲まれた空間が生じ、そのため法規上必要な防災設備の増設が必要となる場合があり、排煙設備、スプリンクラー消火設備、自動火災報知設備などが該当する。以上の設備は、法規により建物の用途・規模等により設置が決められているため、防災設備が必要な建物に喫煙室を設置する場合は、法規との整合を図る必要がある。法規として、国の定める建築基準法、消防法に加え、地方自治体の条例も上記について規定していることがあるので注意しなければならない。

詳しい説明はここでは省きますが、既存改修において現在存在しない排煙設備、スプリンクラー消火設備、自動火災報知設備を設置することは、相当ハードルが高い(状況によってはほぼ不可能)と言えるでしょう。結果、現在喫煙室を設置していない東京都の飲食店は、結果的に全面禁煙とするか、喫煙室があらかじめ設置されている物件に引っ越すかのいずれかになるのではないでしょうか(不完全な機能しかないエセ喫煙室対応は、ここでは除きます)。

日本において建物内禁煙の導入は?

昨今、分煙ではなく禁煙を導入した飲食店の売り上げが伸びているといった結果も出てきているようです。ひょっとしたら、禁煙室を設置するのではなく、建物内禁煙を導入するオフィスビルが増えるかもしれません。オーナー側とテナント側のメリットを考えてみると、

オーナー側のメリット
①喫煙室の面積を減らしレンタブル比を上げることができる
②喫煙室に伴う設備投資を減らすことができる
③差別化をはかり“意識の高い”テナントを入れることができる

テナント側のメリット
①喫煙者のタバコの本数が減る(建物外の喫煙所に出る必要があるため面倒)
②社員の健康増進が図られる
③“意識が高い”企業イメージを宣伝することができる

環境性能評価の高い建物のテナントであることは、従業員の生産性を上げるとともに、企業イメージの向上につながるようです。同様に、建物内禁煙の建物のテナントであることが、従業員の生産性向上や企業イメージの向上につながる時代が来るのではないでしょうか。

一方で、屋外喫煙場所の整備も重要であると思います。どこもかしこも禁煙であると、結果的に隠れて喫煙するようになり、規則が形骸化する可能性があります。やや不便であるが不可能ではない距離に屋外喫煙所を設置することにより、喫煙者の喫煙量が徐々に減り、健康と財布にやさしい方向に進めばよいのではないかと考えます。

まとめ

日本は、建物外禁煙で、建物内に喫煙所を設けている
米国は、建物内禁煙で、建物外に喫煙所を設けている。
今後は、日本でも、建物外喫煙所を整備した上で建物内禁煙とするのが良いのではないか?

建物外喫煙所の整備費用は、値上げしたタバコ代から捻出。

今後、東京では「完全密閉された喫煙専用室(喫煙室)を作る需要」が高まると思うので、追ってより細かく調査する予定です。CASBEEとLEEDが広がりを見せている状況については、建築環境性能評価システム CASBEE と LEED の増加状況を比較してみた をご覧ください。