(2020.06.03 加筆修正)
現在私は、ニューヨーク州登録建築家ライセンスと日本の一級建築士資格を持ちながら、東京都文京区にて建築設計事務所を営んでいます。木造住宅の減価償却年数に疑問をなげかけつつ「住宅を末永く維持管理して使う」ためになにができるか考えてみました。
なぜ日本では「建物の価値」が低いのか
最近、近所の建売住宅が壊され更地になっていました。確か建設されたのはここ1年くらいのはずです。売却に際し建物が邪魔となって取りこわしたのでしょうか。それとも現在の建物が気に入らず建て替えするのでしょうか。理由はなんであれ、ほぼ新築の建物をこんなに短期間で壊してしまうのは、資源の無駄遣いでもったいない話です。
ニューヨークのブルックリンに住んでいた時に、築100年近いレンガ造アパートの一室をリノベーションしましたが、どんなに古い建物でも売買に値する価値がありました。今となってはこの価値が、建物そのものに対する価値か、立地の利便性から生じる価値か、はたまたまったく別の価値なのかはよく分かりませんが。。。
また、数か月前ロンドンに行ったとき、White Cityの開発プロジェクトを見学しました。これは、BBCの保有するロンドン南西部の敷地を再開発する大規模なプロジェクトで、オフィス・住宅・商業施設といったプログラムが混在するものです。アパートのモックアップもあり、なかなか住み心地もよさそうでした。
案内をしてくださった方に「どのような方が入居されるのですか?」と伺ったところ、「若い世代や外からロンドンに来た人々がほとんどですよ。でも昔からロンドンに住んでいる人にとっては、たとえ設備的に不十分であったとしても、近隣にある昔ながらのジョージアン・スタイルの建物の方が、圧倒的に価値が高いのですよ」との返答がありました。つまり、立地条件がある程度近いながらも、昔ながらの建物の方が逆に価値が高いわけです。(ジョージアン・スタイルの建物は天井高さが3m程度ありのびのびとした空間である利点は大きいですが。。。)
このように考えてみると「建物の価値」に対する評価が、日本と米英では異なると言えるかもしれません。自分でもはっきりと知らなかったので、「減価償却年数」と「耐用年数」の点から、再度「建物の価値」を調べてみました。
国税局によると
「建物の価値」について、国税局は税金徴収の点から指標を示しています。以下の減価償却資産の考え方では、時間の経過によって価値が目減りしていくことを前提としています。
事業などの業務のために用いられる建物、建物附属設備、機械装置、器具備品、車両運搬具などの資産は、一般的には時の経過等によってその価値が減っていきます。このような資産を減価償却資産といいます。他方、土地や骨とう品などのように時の経過により価値が減少しない資産は、減価償却資産ではありません。
国税局のHP 減価償却の概要より
国税局は様々な資産に課税するわけですが、その中で建物や建物附属設備に対して明記した表があります。
住宅に関係する箇所を抜き出してみると
木造・合成樹脂造の場合:耐用年数22年
木骨モルタル造の場合:耐用年数20年
鉄骨鉄筋コンクリート造・鉄筋コンクリート造の場合:耐用年数47年
レンガ造・石造・ブロック造の場合:耐用年数38年
金属造の場合:耐用年数19年~34年
電気設備:耐用年数15年
給排水・衛生設備、ガス設備:耐用年数15年
となっているようです。電気設備や給排水衛生設備が15年の耐用年数というのは、なんとなく分かるのですが、各構造種別の建物の耐用年数は、本当にこれだけ短いのでしょうか?築30年以上の木造住宅であっても、かえって古さが着目され、人気のあるリフォーム対象としてマーケットに出回る事例も出てきています。
さらに、頻繁ににメンテナンスをすれば、建物を長期にわたって価値を維持することもできるはずです。例えば、歴史の教科書に出てくる法隆寺ですが、西院伽藍は現存する世界最古の木造建築物群であり、7世紀後半に再建されているようです(Wikipediaより)。台風や地震などの自然災害が多発するから建物の耐用年数は短いというのは、必ずしも適切な言い訳ではないですよね。
国土交通省によると
それでは、物理的な建物を管轄している国土交通省はどのような見解なのでしょうか。国土交通省では、「期待耐用年数の導出及び内外装・設備の更新による価値向上について」というレポート(提言)を、平成25年8月 国土交通省土地・建設産業局不動産業課 住宅局住宅政策課が公表しています。この中で、
・築後20年で価値ゼロという市場慣行にとらわれず、住宅の使用価値を反映した耐用年数を用いる。
・内外装・設備の更新により住宅の使用価値が向上している場合にはその効果を建物の価値に反映する。
ということを改善の方向性として示しています。高度成長期の経済性優先のスクラップアンドビルド型からの脱却とでもいえる、価値観の転換ですよね。当たり前のことですが、日本の慣行から一歩踏み出すことができるかもしれませんね。
さらにここでは、耐用年数を以下の通り3つに分類して議論を進めようとしているようです。なかでも、「期待耐用年数」の採用を提示しています。
経済的耐用年数(不動産の市場性)
物理的・機能的視点のみならず、市場性の視点を含め、経済的に市場性を有するであろうと考えられる期間である。一般の建物の売買で成立するであろう建物価格を求めるための耐用年数である。流通耐用年数といわれることもある。期待耐用年数(不動産としての機能性)
建築物の部位・部材又はシステムの性能低下に伴う安全性の低下、修繕費・運用費の増加、交換部品の不足、修繕不能などの問題を生じることなく、通常範囲内の維持管理により支障なくその機能を発揮すると期待できる、部材やシステムの耐用年数である。物理的耐用年数(部材そのものの物理的耐久性、耐朽性)
コンポーネントの物理的劣化に伴う耐用年数であり、工学的判断に基づいて決定される。同一環境下の同一の材料であれば、同一の耐用年数となる。
耐用年数を検討するに当たり、建物を一つの指標のみで測るのはかなり乱暴な話です。設備のように短い単位で交換しなければならない部位もあれば、躯体のようにメンテナンス次第で長期に機能を維持する部位もあるわけです。このレポートでは、「基礎及び躯体」、「外部仕上等」、「内部仕上等」、「設備等」として部位別に区分して検討しています。
耐用年数算定に対して、いろいろな指標が入るため算定過程を割愛すると、最終的には、
躯体:標準仕様でおよそ40年程度以上
外部仕上材:およそ30年程度(交換などの周期に大きな幅が生じる)
内部仕上げ材・設備:およそ20年程度
と言えそうです。より実感に近いのではないでしょうか?ぜひこの方向で提言を推し進めてもらいたいと思います。
日本社会の中で、建物の市場性のあり方が変化し、経済的耐用年数が期待耐用年数に近づく場合、より「適正」な減価償却年数へと近づき、スクラップ・アンド・ビルドから脱却できるかもしれません。(そのための具体的な戦略はまだみえませんが。。。)
本当の所、日本の木造住宅の平均寿命は?
ちなみにですが、建物の平均寿命に関する面白いデータがあります。日本の家の寿命は30年と言われますが、これはあくまでも解体される家の平均です。建っている家屋の平均寿命に係る調査研究として、「固定資産台帳の滅失データから求めた『木造専用住宅』の平均寿命(残存率50%となる期間)(早稲田大学小松教授の論文より)」によると、
1983年調査によると48年だったものが、2011年調査では64年に延びていた
そうです。戦後物資の乏しい中で建設された木造住宅に比べ、より新しい住宅は、耐震性や防火性を始めとした物理的機能がかなり向上していることも、耐久性が伸びた一因かもしれません。やはり国税局が示していた指標とは、大きく異なる現実があるようですね。ちなみに
構造別では、RC 造>木造>鉄骨造 (ただし鉄骨と木造の優劣は変わる可能性あり
用途別では、専用住宅>共同住宅
(建築寿命に関する研究より)
だったそうです。論文のデータによると、木造の専用住宅の平均寿命は鉄骨造よりながく、かつRC造ともあまり変わらないそうです。用途別では、共同住宅は専用住宅よりも短くなっているそうです。要するに、
建物の平均寿命は構造(RC造か木造か鉄骨造か)にはあまり関係がなく、用途(専用住宅か共同住宅か)によるところが大きい
と言えるでしょう。住宅は、物理的な寿命が来て解体されるのではなく、用途上使い勝手が悪くなったときに壊されることが多いということになります。住宅の計画には、ライフスタイルにあわせて更新しつつ末永く暮らすことができるように配慮することが大切なことが分かりますね。
海外では?
それでは、海外ではどのくらいの期間で、住宅が取り壊されてしまうのでしょうか?
上の図からは、日本の滅失住宅の平均築年数は、アメリカやイギリスと比べて半分以下となっていることが分かります。これはあくまで住宅が解体された(滅失)時点での築年数の平均です。つまり、まだ使える状態なのに用途上使い勝手が悪くなり、取り壊されるものが多く含まれているということです。家の「物理的」寿命ではなくまだまだ使用することが可能ですが、「(不動産としての)経済的」寿命として取り壊されてしまうのでしょう。
アメリカの指標によると
それでは耐用年数について、海外ではどのように考えているのでしょうか。参考までにアメリカの状況を調べたところ、税金の面からの減価償却(Depreciation)の点からの資料(BEA Depreciation Estimates)にたどり着きました。このBEAとは、Bureau of Economic Analysis(米商務省経済分析局)の略で、この資料は2003年9月に発行されたものです。
資料は日本の国税局同様、課税対象となる様々な商品に対して耐用年数(Service Life)が記載されていますが、これらはあくまでも経験則で導いている値だそうです。(”service lives should reflect actual experience as closely as possible.”)ここで言うExperienceは、経済的耐用年数なのか期待耐用年数なのか、どちらを指すのかまでは、よく読み込めていません。。。
1~4ユニットからなる新築住宅では80年、5ユニット以上からなる新築住宅では65年が耐用年数なんですね。やはり、事前に想定していた通り、日本よりはるかに長い耐用年数が示されています。中古住宅を手入れしながら住み続けていく状況が反映されていますね。
面白いのは、設備機器(Equipment)ですね。耐用年数は11年と日本より短いです。やはり日本の設備機器の方が、壊れにくく優秀ということなのでしょうか?(このBEAの資料で誤読があったら、是非ご一報を!)
アメリカは国土が広いため、様々な気候風土に適した建物があります。アラスカの亜寒帯気候の建築と、フロリダの亜熱帯気候の建築は大きく異なるわけです。一概に「アメリカの建物」と一括りにして語ることはできませんが、ある一定の指標になるのではないでしょうか。
実はここまで書いた後、国際税務のプロ 作田 陽介さん(STC国際税務会計事務所 代表取締役)から、有益な情報を頂きました。
確か、米国の税法上の減価償却は住宅用で27.5年、住宅用以外で39年だったはずです。日本は鉄筋コンクリート造りの居住用で47年だから、日本の方が20年近くも長く設定されてると思います。これは今まで日本人が築き上げてきた建築技術の表れなんじゃないかなと思っています。
ただ、そうは言っても、そもそも税法の減価償却期間は、政策上のものなので、実際の耐用年数(使用可能期間)よりは、ある程度短く設定されています。問題は、そもそも前提が違っている税法の耐用年数を基準に売買金額を考えちゃう人がいるってことですよね。それが改善されれば、古い住宅に対する価値観も上がっていくんじゃないかなと思います。
路線価は基本的には実勢価格ありきだから、まずは実勢価格がどう動くかですね。どう変化していくのか楽しみです。
ここでお話しされているのは、IRS(Internal Revenue Service:米国国税庁)の
この部分でした。ちなみに「今まで日本人が築き上げてきた建築技術の表れ」ってなんか良いですよね。作田さん情報提供どうもありがとうございました。
「住宅を末永く維持管理して使う」には
これから住宅を建てようとしている場合「できる限り簡易に建設したうえで、使い古して取りこわそう」と考えている方は少ないのではないでしょうか。大多数の方は「せっかくお金と時間をかけて建設するからには、できる限り長く維持したい」と考えるでしょう。自分の子供や孫も快適に使えるような住宅でありたいし、仮に他人に売却した後でも使用価値がある資産としての住宅でありたいと考えるのではないでしょうか。
冒頭でふれたように、ブルックリンでもロンドンでも、どんなに古い建物でも売買に値する価値がありました。さらに世界最古の木造建築群である法隆寺の価値が高いことは言うまでもありません。木や土といった自然素材は、時を重ねるごとに風合いや艶を増し、より美しくなると言えるでしょう。レンガによる組積造と木造の違いはありますが、これらの建物にはいくつか共通する点があると考えています。
1. 傷んだ部分の更新が容易であること
組積造の場合、レンガやモルタルは木のように腐朽することがありません。ブルックリンやロンドンのように地震の無いエリアでは、半恒久的に建ち続けることができます。ブルックリンやロンドンの4,5階建ての古いアパートは、壁が組積造で、床は木造です。たわんだ床は場合に応じて更新することが可能です。
さらに設備配管の更新も容易である必要があります。下の写真は、ブルックリンのアパート改修時の写真です。給排水などの設備機器は、組積造の外壁と仕上げの内壁の間を通っています。組積造の壁の中に設備配管を設置してるわけではないので、躯体を壊さずに更新することが可能です。上下階の住民と合意を得ないと更新できないので、必ずしも更新が容易とは言えませんが、更新のコンセプトはお分かりいただけると思います。
木造の場合は、もう少し複雑です。四季がある温暖湿潤気候の日本では、気温や湿度が絶えず変化します。気候の変動に従って、木は伸縮を繰り返し、割れたり反ったりすることがあります。さらにシロアリやカビなどによって木材は腐朽します。このような状況下でも、できる限り時間をかけて乾燥させた木材を使い、雨や湿気を避けることによって、可能な限り保護することはできます。また必要に応じて、傷んだ木材を部材ごとに更新することができます。法隆寺の建物群も、庇によって雨を避け、傷んだ木材を更新することによって、1000年以上も維持されているわけです。
組積造と木造の違いはあっても、どのように維持管理をするのか明確な建物は、耐用年数を長くすることが可能である といえるでしょう。
2. 適切な箇所に耐久性のある部位・部材を使用すること
建物全体に耐久性のある部材を用いることが理想ですが、必ずしも現実的ではありません。というのも、仮に躯体が100年以上の耐久性があったとしても、例えば設備機器などは10年~15年のサイクルで更新が必要となるためです。そのため、耐久性のある部材をどの部分に効果的に使用するかという視点が重要になります。
先程の組積造の場合、壁は100年以上の耐久性がありますが、床は数十年の耐久性があり、設備機器はさらに短い耐久性となっています。壁は最も長い耐久性があるのですから、その計画に対して最も配慮することが重要ですし、時には外装材などで外部環境から保護することも必要です。
木造の場合も同じです。外装材と内装材は逐次更新していくことを視野に入れながら、その躯体をどれだけ大切に保護することができるかにその耐久性はかかっています。単に法規的な最低基準を満たすばかりではなく、場合に応じて仕様を上げて計画・施工することが必要です。さらに、雨が直接かからず湿気が上がってこないようにあらかじめ配慮して計画することは必須です。
3. 余裕を持たせて計画すること
欧米の建築物の方が日本の建築物よりも保存される傾向にあることを、本ブログの冒頭で説明しました。様々な理由が考えられますが主なものとして、生活様式の変化は日本よりも欧米が小さかったこと、および、欧米の建築物の方が空間的に可変性が高かったこと、という理由があるように思えます。建築物が取り壊されて建て直される主な理由は、構造物として耐久性が無くなったからではなく、時代のニーズに合わなくなったからであると言われています。椅子・テーブルとベッドの生活を前提として十分な機能の設備機器が備え付けられているという点で、日本での生活様式が欧米化していますが、この点からも「生活様式のニーズに対応するため日本の建築物は建て直すことが必要となった」とも言えるでしょう。
また、立地条件や建物種別にもよりますが、空間的に余裕があると特に設備改修が容易になります。天井高や廊下幅が大きい点で、欧米の建築物の方が日本の建築物よりも改修に優位であると言えるでしょう。
未来の暮らし方を想像することは困難です。インターネット環境がここまで一般的になるとは、20年前には予想できませんでした。設備機器も次々に新しくなり生活に取り入れられて、電気容量も増加する一方です。将来家庭用ロボットが一般的になると、その動作や荷重を許容する住宅である必要があります。未来の暮らし方にできる限り追従できるためには、空間的にも構造的にも設備的にも、ある程度の余裕を見込むことが重要となります。細かく作り込み過ぎることによって、生活様式の変化に追従することができなくなり、結果、耐用年数を短くすることにもつながります。
まとめ
日本の木造住宅の耐久性は、耐用年数として国税局が決めている期間よりも長くすることが可能です。
木造住宅を末永く維持管理して使うには
1. 傷んだ部分の更新が容易であること
2. 適切な箇所に耐久性のある部位・部材を使用すること
3. 余裕を持たせて計画すること
が重要です。
「適切・適正」な住宅をこまめに維持管理して、末永く大事に使いたいですよね。
追記
「消費財としての住宅」であること以上に、住まい手が住宅に対して気軽に手を入れることができるようになれば、より思い入れや愛着も深まります。思い入れや愛着があることこそが、住宅が長持ちする秘訣なのではないかと考えます。ポートランドのモノづくり文化:住まい手がDIYによって「自分の空間」に手を入れること および 古民家は考えているよりも価値がある!維持管理・移築・解体の視点で分析してみた もあわせてお読みください。