東京には建築設計事務所が集中しています。数が多くなれば、その分メディアに露出する機会も増えます。皆さんが建築やインテリアの雑誌を眺めると、多くの東京の建築設計事務所の作品が掲載されているのではないでしょうか。

このような東京の建築設計事務所は都内のプロジェクトしか受けないのかとお思いの方もいらっしゃるかもしれませんが、そのようなことはありません。たまたま雑誌社の取材が東京近郊に偏っているだけかもしれません。

現在私は、ニューヨーク州登録建築家ライセンスと日本の一級建築士資格を持ちながら、建築設計事務所を運営しています。今回のブログでは、東京に建築士が集中していることを確認した上で、地方でのプロジェクトをお考えの方が東京・首都圏の建築設計事務所に仕事を依頼した際、どのようなメリット・デメリットが考えられるか整理してみました。

一級建築士・二級建築士・木造建築士の違い

まず建築士と一口に言っても、一級建築士・二級建築士・木造建築士がいるのをご存知でしょうか。建築士法には以下のようにそれぞれの建築士が行うことのできる設計・工事監理範囲を示されています。

一級建築士
①学校・病院・劇場・映画館・公会堂・集会場・百貨店の用途に供する建築物で、延べ面積が500m2を超えるもの
②木造建築物または建築の部分で、高さが13mまたは軒の高さが9mを超えるもの
③鉄筋コンクリート造、鉄骨造、石造、れん瓦造、コンクリートブロック造もしくは無筋コンクリート造の建築物または建築の部分で、延べ面積が300m2、高さが13m、または軒の高さが9mを超えるもの
④延べ面積が1000m2を超え且つ階数が2階以上のもの

二級建築士
①学校・病院・劇場・映画館・公会堂・集会場・百貨店などの公共建築物は延べ面積が500m2以下のもの
②木造建築物または建築の部分で高さが13mまたは軒の高さが9m以内のもの
③鉄筋コンクリート造、鉄骨造、石造、れん瓦造、コンクリートブロック造もしくは無筋コンクリート造の建築物または建築の部分で、延べ面積が30m2 – 300m2、高さが13mまたは軒の高さが9m以内のもの
④延べ面積が100m2(木造の建築物にあっては、300m2)を超え、又は階数が3以上の建築物(ただし、第3条の2第3項に都道府県の条例により規模を別に定めることもできるとする規定がある)。

木造建築士
①木造建築物で延べ面積が300m2以内、かつ2階以下のものを設計・工事監理ができる。

一級建築士は国土交通大臣から免許を受けますが、二級建築士と木造建築士は都道府県知事から免許を受けます。一級建築士はオールマイティに設計することが可能ですが、二級建築士または木造建築士はそれぞれ設計・工事監理可能な建物に制限があります。建築設計業務を委託する場合、担当者の免許を十分に確認することが必要です。

都道府県別一級建築士数

それでは、実際にどの程度東京・首都圏に建築士が集中しているのでしょうか。都道府県別の一級建築士数を見てみましょう 。公益社団法人日本建築士会連合会の一級建築士登録状況を調べてみると、平成21年度上半期には334,720名の一級建築士がいるようです。1万人以上の登録者数がいる都道府県をまとめたのが以下の表です。

都道府県 一級建築士登録者数(人)
東京都 65,312
大阪府 28,809
神奈川県 27,081
愛知県 18,942
埼玉県 17,520
千葉県 15,749
兵庫県 15,561
福岡県 13,225
北海道 11,883

公益社団法人日本建築士会連合会 一級建築士登録状況(平成21年度上半期)より

やはり東京が圧倒的に多いですね。首都圏(東京・神奈川・埼玉・千葉)として考えると125,622名として全体の40%近くを占めます。大阪と神奈川が同程度の規模だとは知りませんでした。

都道府県別一級建築士事務所登録数

実は、建築士法には、

他人の求めに応じ報酬を得て、設計や工事監理を業務として行うためには、建築士事務所として登録を受けなければならない(建築士法23条)

と定められています。知り合いの建築士だからといって個人的に設計業務を委託することはできないのです。このブログでは東京・首都圏の建築設計事務所に仕事を依頼することについて扱っているので、一級建築士数そのものよりも一級建築士事務所数を比較する方が適切です。それでは、都道府県別一級建築士事務所登録状況を見てみましょう。

都道府県 一級建築士事務所(個人) 一級建築士事務所(法人) 一級建築士事務所(合計)
東京都 4,619 11,065 15,684
大阪府 2,648 3,618 6,266
神奈川県 2,050 3,031 5,081
愛知県 2,317 2,556 4,873
埼玉県 1,814 2,180 3,994
福岡県 1,395 2,406 3,801
兵庫県 1,616 1,648 3,264
北海道 786 2,214 3,000
千葉県 1,193 1,585 2,778
静岡県 1,313 1,369 2,682
広島県 764 1,368 2,132

公益社団法人日本建築士会連合会 一級建築士登録状況より(平成21年度上半期)

一級建築士事務所の数は、平成21年度上半期の時点で、合計 87,951社です。これもまた東京が圧倒的に多いですね。首都圏(東京・神奈川・埼玉・千葉)として考えると27,537社として全体の30%近くを占めますね。一級建築士数のデータと比べて割合が異なるのは、大手企業が東京に集中しているため、一級建築士数ほどの割合では一級建築士事務所数が存在しないのでしょう。東京には数百人規模で一級建築士が所属する組織がいくつもありますからね。

専業と兼業

「一級建築士事務所」と聞いた場合、皆さんはどのような事務所を思い浮かべるでしょうか。一級建築士事務所の業態は必ずしも同じではありません。大きく分けると、「専業」の一級建築士事務所と、「兼業」の一級建築士事務所の二種類が存在します。

専業の一級建築士事務所では、設計及び工事監理(工事が設計図書通りに進んでいるか設計の立場からチェックする業務)のみを担当し、立場的に施工業務から独立することで第三者性を確立しています。旧来“建築家”と称されてきた建築士が主催・所属してきた建築設計事務所だと理解してよいでしょう。

一方、兼業の一級建築士事務所という業態も存在します。○○建設株式会社一級建築士事務所といったかたちで、ゼネコンや工務店の組織の中に一級建築士事務所がある場合があるのです。この場合、一級建築士事務所として施工会社と兼業していると考えられるため、専業に対して兼業という言葉が使われます。設計時に施工に関する情報を前倒しで得られる(つまりコストやスケジュールが確約しやすくなる)といったメリットがあるのと同時に、設計と施工が分離していないため施工時のコストやクオリティの管理が不明瞭になるデメリットがあるといえるでしょう。

実は一級建築士という資格は、「安全な建物を設計する」というエンジニアリング的側面を重視して成り立ってきた経緯があります。建築士法上の資格として、「専業」の一級建築士と「兼業」の一級建築士事務所を区別するものではありません。実は工事現場の所長や職員として施工関連業務に関わっている方にも一級建築士をお持ちの方が数多くいます。

ちなみにですが、以前調べた結果ですが、ゼネコンにも、専業の建築設計事務所よりも多くの建築士が所属しています。以下は、以前執筆した日本建築学会の英文論文集Journal of Asian Architecture and Building Engineering (JAABE) に掲載した論文に掲載した資料です。

組織設計事務所売上高上位5社(2014)
総合工事業者売上高上位5社(2014)

こうしてみると、ゼネコンに所属する一級建築士数の方が、組織設計事務所に所属する一級建築士数よりもはるかに多いことが分かりますね。

今回のブログのタイトルは「東京の建築設計事務所」ですが、もう少し正確に言うと「東京・首都圏の「専業の」一級建築士事務所」に建築設計を依頼することについて書くことになります。ゼネコンに建築設計業務込みで依頼する場合を除き、地方の方があえて東京の工務店に建築設計業務込みで依頼することは無いと思われるので。。。

ということで「東京の建築設計事務所に建築設計を依頼することのメリットとデメリット」の本題に入ります。

メリットについて

東京の建築設計事務所のメリットとして、建築に関する情報が集積していることが挙げられます。いくらインターネットが普及したからと言って、建材・家具・設備機器・備品の大きさや質感などは実物を見ないと分かりません。ショールームが多数存在することによって実物を短時間のうちに確認することができます。また商品の細かい説明が必要な場合には営業の方にすぐに来ていただけます。

設計者が多いということは、それだけ設計者同士の情報交換がしやすいということになります。良かった事例のみならず失敗した事例などを顔をあわせながら情報交換することによって、雑誌やインターネットでは知りえない情報を得ることができます。一般的に人はうまく行ったことは話しますが、上手くいかなかったことについてはなかなか公表しにくいものですからね。

また、参考になる建物事例が近隣にあることもメリットの一つでしょう。絶えず身の回りで新築・改修の事例があります。友人の設計したオープンハウスに行ったり、新しい商業施設の内装を見に行くことによって、新しい建材や納まりや空間に関する知見も深まっていきます。

デメリットについて

東京の建築設計事務所に建築設計業務を依頼することはメリットばかりではありません。遠くにいることによるデメリットも存在します。

まず第一に交通費がかかることが挙げられます。個人で一級建築士事務所を運営している人を除くと、通常、建築設計事務所には所長以外にプロジェクト担当者がいます。さらに、構造設計者や設備設計者と分業して設計を行います。その場合、複数の人間が現地に行くことになるわけで、交通費もばかになりません。

単なる日常業務としての打合せであれば、Skypeで可能かもしれませんが、設計時に現地で確認する場合や、施工時に施工者の施工状況を監理する場合には、現地に赴くことが必須です。現地での確認を怠ったために、不満足な建物が出来上がるのは、施主としても設計者としても残念な結果といえるでしょう。

さらに遠距離で日帰りが困難だと宿泊費もかかります。人数が増えればなおさらです。そのため、できる限り日帰りで打ち合わせや現場監理を希望されるのが一般的かもしれません。

同業者に確認したところ、東京23区以外では交通費や宿泊費を実費精算するのが一般的でした。しかしながら、予想を超えて交通費や宿泊費がかかるのは施主の本意ではないため、一定の上限を設定する場合もあるようです。一方で他業種のように“技術者出張費”として人工代を別途請求することはありませんでした。

また、地域の気候風土を瞬時に理解することができないこともデメリットとして挙げられるでしょう。例えば海辺であれば、どのくらいの潮風が吹き寄せ、どのくらいの量の砂が室内に入り、どのくらいの錆が金属製品に進行するかなどは、実感を持って理解することは地元の人でないと難しいといえるでしょう。

ちなみに

ちなみに小笠原正豊建築設計事務所では、東京23区以外では交通費や宿泊費のみを実費精算させていただいています。おおよその回数をあらかじめ事前に設定することも可能です。首都圏外では、滋賀県・山梨県・静岡県などでも地元の施工者とともにプロジェクトを行ってきました。また米国でも地元の設計者と協働でプロジェクトが進んでいます。気候風土の理解・解析を重要視して設計を進めています。

まとめ

東京の建築設計事務所に建築設計を依頼することのメリット

ショールームが近い
設計者同士の情報交換がしやすい
参考になる建物事例が近隣にある

東京の建築設計事務所に建築設計を依頼することのデメリット

交通費がかかる
宿泊費がかかる
打合せがすぐにできない
地域の気候風土を理解することに時間がかかる

このブログでは、東京の建築設計事務所を前提に書きましたが、地元を前提に地方で活躍されている多くの優れた建築設計事務所があることについては、注記しておきたいと思います。

(追記)

【保存版】家を「設計事務所/建築家」に依頼して建てるまでの流れについて説明します により包括的な内容を記載しています。是非あわせてご覧ください。