2019年10月6日から13日にかけて日本を襲った令和元年台風第台風19号ハギビスは、関東甲信越地方および東北地方を中心に甚大な被害を及ぼしました。特に浸水被害を受ける家屋が多く特定非常災害として認定されました。被災された方々に、お見舞い申し上げます。
浸水被害は深刻です。大雨が降った際の水害のリスクに対して、ついに国が動きました。
国土交通省は、住宅の売却や賃貸などを扱う不動産業者に対し、大雨が降った際の水害リスクを購入・入居希望者に説明するよう義務付ける。相次ぐ豪雨被害を教訓とする対策で、赤羽一嘉国交相が27日の衆院予算委員会で明らかにした。
居住前から危険性を認識してもらい、逃げ遅れを防ぐ。業者への周知が必要なため、導入時期は未定としている。
赤羽氏は「ハザードマップで浸水が予想されていた区域と実際の浸水区域がほぼ重なっている。事前のリスク情報提供が大変重要だ」と述べた。公明党の国重徹氏への答弁。浸水が想定される範囲や避難場所を示した市町村作成のハザードマップを示し、住まい周辺の危険性を具体的に説明することを業者に求める。
導入時期は未定とのことですが、このような事前の水害リスクに関する情報提供は、購買者保護の観点からは必要なことでしょう。
ハザードマップの存在は、関係者全員に大きな影響を与えます。浸水可能性の高いエリアにおける不動産の購買者のみならず、販売者および建築関係者にとっても「浸水は想定外でした」と言い訳することができなくなります。私自身、設計者として設計を進めるにあたり、ハザードマップの役割が今後より重要になるだろうと、強く意識するようになりました。
各自治体としても、多くの居住者がお住いの市街地がハザードマップで示された浸水想定区域である場合もあります。こうした土地を「居住地域に適さない」として今後のまちづくりをすすめることは、利害関係者の合意が困難なため、実現するハードルは高いと思われます。治水設備の拡充や、避難体制の構築など、総合的・複合的な対策が求められることになるでしょう。
水害に対して家単体で対処可能な手段や範囲は限られています。そもそも、行政によるインフラの抜本的な更新や、人的ネットワークを活かした地域ぐるみの広域的な対策でないと、根本的な解決にはなりませんが、一方で資本をどの程度投入して改善すべきか社会全体で合意を得ることも困難です。
そもそも家を計画する場合、浸水被害の可能性がある土地は避けるべきです。しかしながら、相続や建て替えなどで敷地がすでに決定されている場合はどのようにしたら良いのでしょうか?今回のブログでは、まず土地について理解を深める3つの方法を、浸水被害のあった世田谷区多摩川沿いを具体事例として取り上げて説明します。そして残念ながら浸水被害が予想されることが分かった場合に向けて「水害に強い住宅」を作るための4つの対策について述べたいと思います。
土地について理解を深める3つの方法
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「水害に強い家」を作るための4つの対策
最近では、ハウスメーカーによる浸水防止を掲げた商品が発売されているようです。一方で、水害に対して万全を期する全方位的なモデルを作ることは不可能で、もし実現したとしても、費用対効果に疑問が残ります。水害防止・復旧の仕様を前提に、どのように計画を進めるかについては、該当敷地における特性を十分に理解し、施主の生活スタイルを前提に、総合的に判断して方針を決定する必要があります。来るべき水害に備えた家の一例として、こちらのプロジェクトもご一読ください。
まず建物が建つ土地について理解を深める
1)ハザードマップを活用する
大自然の力に比べれば、自分のことを守ってくれる住宅は非常にか弱い存在です。まずは「浸水被害にあいにくい土地」に住宅を計画することが何より重要です。それでは「浸水被害にあいにくい土地」をどのように調べればよいのでしょうか?
各自治体は「ハザードマップ」を作成しています。例えば、今回浸水被害のあった世田谷区ですが、世田谷区洪水ハザードマップ(多摩川版)データが世田谷区のホームページに掲載されています。
多摩川版は、国土交通省京浜河川事務所が平成28年度に公表した「多摩川における想定最大規模降雨による洪水浸水想定区域図」(想定雨量 多摩川流域の2日間総雨量588ミリメートル)をもとに、大雨時に多摩川の堤防が決壊し、洪水が発生した場合の浸水予想区域や浸水深、避難所等を示したものです。
今回浸水被害のあった世田谷区玉堤エリアは以下のようにハザードマップ(令和元年7月1日現在)で示されていました。
もともとこのハザードマップに示されるように3.0mの浸水が予想されている地域でしたが、予測通り今回の台風による多摩川の増水で浸水する結果となりました。
ちなみに東京都江戸川区は、2019年5月に江戸川区水害ハザードマップを公開しています。日本語版のみならず、英語版、中国語版、韓国語版といった外国語にも対応しています。
このハザードマップ、拡大すると。。。
ここにいてはダメです
というメッセージがはっきりと書いてあります。荒川と江戸川が仮に氾濫した場合、多くの地域がゼロメートル地帯の江戸川区だけでなく江東5区(江戸川区、墨田区、江東区、足立区、葛飾区)のほとんどが水没する予測結果が出ています。
- 江東5区の人口の9割以上の250万人が浸水
- 1~2週間以上浸水が続く
- 最大で10m以上の深い浸水
が予測されています。そのため緊急時には、足立区、葛飾区、墨田区、江東区を超えた「浸水のおそれがないその他の地域へ」避難することが推奨されています。社会的影響に配慮して自治体として水害リスクを明示することは避けてきた経緯があると考えます。しかしながら昨今の水害がより深刻になっている現状を踏まえ、人命には変えられないという英断によって早期の広域避難の実現のために公表に踏み切ったのでしょう。江東5区にお住まいの方は、一度ハザードマップをよく読んでおくことをお勧めします。どの地域、またはどの建物に避難すべきかは、日頃から考えておく必要があります。
2)古地図を活用する
現在目の前にある状況から、浸水の可能性を探ることは難しいものです。しかし、過去にさかのぼり浸水の可能性を探ることは可能です。例えば、今昔マップon the webで玉堤エリアを調べてみましょう。
明治39年(1936年)と現在を比べてみると、丸子川と多摩川に挟まれたエリアは、もともと田畑であり人が住んでいなかったことが分かります。
昭和6年(1931年)と現在を比べてみると、丸子川と多摩川に挟まれたエリアに徐々に建物が建ち始めたことが分かります。
昭和22年(1947年)と現在を比べてみると、丸子川と多摩川に挟まれたエリアに、広域に建物が建ちはじめていることが分かります。
川沿いでありかつもともと田畑であった土地は、過去に浸水被害を受けやすい土地ですから注意が必要です。今昔マップは埼玉大学教育学部谷謙二研究室によって公開されている時系列地形図閲覧サイトです。大変使いやすいサイトですので、ぜひ皆さんも自分のお住いのエリアを見てみてください。
ちなみに水にちなんだ漢字、例えば池・沢・窪・沼といった「さんずい」のついた漢字や、水辺に生息する動植物の名前の漢字がついた地名は、浸水被害にあいやすいとも言われています。池袋のように東京都内では高台にありながら池の付いている地名もありますから、必ずしもこのような言い伝えが当てはまるわけではありませんが、この機会に地名の由来を調べてみてもよいかもしれません。
3)地盤情報を活用する
またもともと田畑や埋立地の場合、地盤が弱い場合も多いです。今回浸水被害のあったエリアの地盤を、東京都建設局のウェブサイト東京の地盤(GIS版)で確認してみましょう。詳しいことは省略しますが、標準貫入試験のN値が50に達した深さが安定した地盤と考えることができます(グラフの赤丸参照)。
上の試験結果では、地表面からおよそ15m程度の深さで安定した地盤に達しているようです。それではさらに多摩川から離れた地点での試験結果を見てみましょう。
上の試験結果では、先ほどと同様に、地表面からおよそ14m程度の深さで安定した地盤に達しているようです。それではもうすこし多摩川から離れた地点での試験結果を見てみましょう。丸子川よりも内陸側で、明治時代から住宅が建設されていた地域です。
上の試験結果では、地表面からおよそ10m程度の深さで安定した地盤に達しているようです。これらの結果から分かるように、多摩川から離れれば離れるほど、地表面から安定した地盤までの距離が短いことが分かります。多摩川沿岸部は過去の治水事業や氾濫時の土砂流入によって埋め立てられていると考えることができます。
これらの地盤調査データは、東京都建設局が過去、都内で実施された地盤調査で得られた地質柱状図を表示したもので、ネットから無料で閲覧することが可能です。ぜひ皆さんも自分のお住いのエリアを見てみてください。
内水氾濫
川の水が堤防を越えてあふれ出す「外水氾濫」とは別に、市街地に降った大雨が地表にあふれる「内水氾濫」がある。
河川は大雨時の増水で、中・下流域の水位が高くなる。そのため、本川に合流する都市部などの中小河川(支川)では、支川から本川へ大量の雨水を流すことができずに、地表に水があふれ出る内水氾濫が起こる。洪水被害(外水氾濫、内水氾濫)の被害額でみると、内水氾濫は全国では約半分だが、東京都では80%を占める。
比較的、堤防の整備が進んだ都市部では、内水氾濫が新たな課題となっている。
今回浸水被害のあった世田谷区玉堤エリアは、多摩川決壊による「外水(洪水)氾濫」ではなく、都市に降った雨が河川等に排水できずに発生する「内水氾濫」による浸水被害でした。
これらの豪雨(ゲリラ豪雨/局地豪雨/集中豪雨)は10km四方程度の極めて狭い範囲に、1時間あたり100mmを超えるような猛烈な雨が降るが、雨は1時間程度しか続かないという特徴がある。これは前線等に伴って次々に積乱雲が発生・通過して大雨になる集中豪雨とは明らかにタイプが異なる。都市の下水道は一般的に最大降水量として1時間に50〜60mm程度を想定しているため、これを超える雨量では短時間であっても処理しきれずに都市型洪水を発生させる。(Wikipediaより)
ハザードマップ・古地図・地盤調査からでは必ずしも正確に将来的浸水を予測可能とは言えません。また、ゲリラ豪雨の増大に伴い、近年、雨水ポンプ・雨水貯留管・貯留施設などの下水道処理施設による対策に力が入れられているようです。いつ発生するか分からない「1時間当たり100㎜を超えるような雨」に対して「1時間当たり50㎜~60㎜を最大降水量として想定した都市下水道」をどのように更新するのか、費用対効果の点からも行政は難しい意思決定に迫られるのでしょう。
これらの下水道による浸水対策はある一定の有効性を持ちながらも、大自然の脅威にたいしては必ずしも万全とは言えません。
ハザードマップ・古地図・地盤調査の情報には、歴史的にもともと低地で水が流れ込みやすい敷地であることがある程度示されており、外水氾濫のみならず内水氾濫の可能性を示唆しているとも言えるのではないでしょうか。
ちなみに、なぜ今回のように多摩川沿いの氾濫リスクのある場所において新築が多いのでしょうか。社会的背景を分析したNHKの記事「多摩川沿い なぜ“浸水エリア”に新築が… 徹底分析しました」に詳しく書かれています。
「水害に強い家」をつくるためには
さて本題です。家を建てるにあたり、土地探しからできる場合は良いですが、先祖から引き継いだり、現在たまたま住んでいる土地が、浸水被害にあう可能性が高い土地だったら、どのようにすればよいのでしょうか?
まず、適切に浸水レベルを想定し、水害時にどこまで水が浸水するか、また、水害時にどこで水を止めるかを検討することが重要です。その上で、以下の対策を検討してみましょう。
国土交通省のホームページでは、「浸水の予防・人命を守る家づくり」という水害対策を考える予防策が掲載されています。
水害から自宅を守ることを考える際には、急激に被害内容が増加する「床上浸水」の防止に焦点を合わせることが重要なポイントとなる。
過去の水害に関する情報や行政機関が提供している自宅周辺の水害の可能性に関する情報などをもとに、床を高くしたり、ピロティー構造にすることによって、水害時の被害軽減が可能となる。また、既設住宅では災害時の二階の有効活用や災害用の脱出用として屋根に外部への出口を設けることも有効である。(国土交通省のホームページ「浸水の予防・人命を守る家づくり」という水害対策を考える予防策より)
以下、この4点について記載したいと思います。
1)かさ上げ(盛り土)
一番わかりやすいのが、盛り土などによって敷地全体を高くする方法です。東日本大震災で津波の被害にあった地域は、軒並みかさ上げがしてありました。将来的に津波があったとしても、周囲よりも1階基礎および床のレベルを高くすることによって対処することが目的です。
水は高いところから低いところに流れる性質があります。周囲の微地形の条件によっては、自分の敷地が周囲の道路や家よりも低い場合もあるでしょう。このような場合は盛り土の工事をおこなって、自分の敷地に水が集まらないようにする必要があります。
盛り土をはじめとした土工事は、予想よりも高額になる場合が多いですし、開発申請が必要な場合や、絶対高さの制限なども考慮する必要が出てきます。そのため総合的な判断が必要になるでしょう。
どのくらいの高さ盛土をするべきか、定量的に評価することは困難ですが、Federal Emergency Management Agency (FEMA 連邦緊急時管理局)の資料にあるNational Flood Insurance Program (NFIP 全米洪水保険制度)による保険料の試算が参考になるかもしれません。洪水の高いリスクがあるエリア(Zone AE)での保険料の比較です。左は予想浸水高さより1.2m低いレベルに1階床を設定した場合、中央は予想浸水高さと同じレベルに1階床を設定した場合、右は予想浸水高さより1.2m高いレベルに1階床を設定した場合です。基本的に$250,000までしかカバーしない状況下において、保険料はおよそ10倍異なり試算では500万円近い差が出ることになります。洪水の状況や保険のリスク評価については、国による大きな違いがあるはずですが、一つの指標として記載しました。
2)高床
これは家の基礎を高くする方法です。通常の住宅において一階床用の基礎を高くする方法(上写真中央および右)と、一階はピロティ状の空間として二階に主要居室を配置する方法(上写真左)があります。
一階床用の基礎を高くする方法では、基礎部分を通常よりも高く計画します。家を建設する場合、まずコンクリートで「べた基礎」や「布基礎」といった基礎を作ります。この基礎を一般的な住宅よりも高くすることによって、1階床に浸水することを防ぎます。
一階はピロティ状の空間として二階に主要居室を配置する方法では、一階部分への浸水を避けるのではなく、浸水することが前提として計画されます。
2011年の東日本大震災では、津波で多くの建物が流失したが、津波の高さが4メートル未満だった地区では、ピロティ式住宅の多くが、比較的軽微な被害で済んでいたことが確認されている。(wikipediaより)
とも言われています。仮に一階の床上に浸水した場合でも、戸と窓を開けておけば、水流による抵抗が低減され流されにくくなるとも聞いたことがあります。隣家や流木が流されてきた場合はその限りではありませんが。。。
たびたびの浸水被害に見舞われる東南アジアでは上の写真のように極端な例もあるようです。このような高床式の構造は、浸水被害対策と同時に、湿気対策にも有効です。そのため、日本でも、古来から高床式の倉庫によって、貴重な食物や宝物を保護してきました。気候変動によって、日本の気候が東南アジア化する現在、東南アジアの土着の建築から学ぶこと、また、歴史から学ぶことも大きいですね。
一階をピロティ状にする方法は、良いことばかりであるように聞こえますが、構造上は問題をはらんでいます。地震や風といった水平方向に荷重がかかる場合、ピロティ状構造は不利なのです。
ピロティ階においては水平剛性が他の階に比べて低くなるため、構造設計上注意が必要とされる。1995年(平成7年)の兵庫県南部地震では、1981年のいわゆる新耐震基準以前の建物か以後の建物かを問わず、1階が駐車場とされた共同住宅などのピロティ式建築物において、ピロティの柱が破壊され1階が層崩壊した被害が多く見られた。(Wikipediaより)
このような阪神・淡路大震災の教訓を生かし、柱の強度を高めるなどの対策を施し耐震性を上げることによって、ピロティ式構造を採用することも可能でしょう。浸水の可能性が指摘される地域は、先ほど地盤調査結果で例示したように、地盤が悪いことが多いです。建物自体が流されないように、杭工事を行うことも必要でしょう。
サイクロン来襲時には収容定員以上の人々を収容し効果を発揮。
サイクロンによる倒壊などの被害を受けたサイクロンシェルターは皆無。
平時には小学校として利用されており、今後も多目的な利用の期待が大きい。(サイクロンシェルター(バングラディシュ) 適応策選択の考え方 (洪水対策を例に) – 国土交通省 より)
実際、バングラディシュでは、こうした事例もあるようです。ここでの地盤高=2.8mであることに対して、洪水痕跡高=3.96mとなっています。地表面から1m程度浸水した痕跡が写真からも確認できます。遠い国の建築様式ではなく、いずれ自国の身近な建物様式となるかもしれません。
当然ながら、この「高床」の対策も先ほどの「かさ上げ」の対策同様、絶対高さの制限なども考慮する必要が出てきます。そのため総合的な判断が必要になるでしょう。
3)囲む
防水性の塀で家を囲む方法です。先ほどの2事例とは異なり「水防ライン」を設定し建物を守るという考え方です。地下鉄やビルの入り口ならばともかく、一般の住居ではなかなか止水版を見ることはありませんが、今後、一般化していくかもしれません。
写真では、車庫や入り口が道路レベルよりも低く設定されています。このように半地下タイプの家の場合、排水処理の為に排水ポンプが備え付けている場合も多いでしょう。万が一の場合に備え、電気設備が水没しないことを前提に、複数台設置することが必要かもしれません。
敷地境界を高くすることは、浸水対策としては有効ですが、一方でバリアフリーの観点からは問題があります。すべての側面からこのような問題を解決することはとても難しいようです。
4)建物防水
「水防ライン」を設定し建物を守るという点では、先ほどの「囲む」と同じような方法です。資料では「建物が浮力で浮き上がらないように基礎との接合を強化する」とあります。建物が「浮かぶ」とはなかなか考えにくいかもしれません。しかし、水密なコンクリートによって船を作った事例もあります。
もともとコンクリートは乾燥収縮を通じてクラックが入り、防水性・水密性を確保することが困難な素材です。しかしながらタケイ工業は常識を覆し、防水工事店として10年の保証をしています。地下室や屋根の防水に使われることが多く設計者の中でも評価が高い工事店です。
一般的な木造住宅では、コンクリートで作られた基礎の上に固定されている建物の重量は比較的軽量です。さらに最近一般的になっている高気密高断熱住宅は、外部から建物内に浸水しにくい状況を作り出しています。水の上に浮かぶ風船と同じで、建物全体は浮力で自然に浮かび上がります。
状況や建物の荷重にもよりますが、浸水1m弱で建物全体が浮かび上がって漂流した事例もあるそうです。こうして浮かび上がった高気密住宅も、徐々に浸水が進むと自重でようやく着地します。穴の開いた浮き輪が浮かばなくなることと同じです。
建物が浮かぶという点において、地上の建物と地下の建物基礎や地盤との関係を、設計時に十分検討することは大切です。建物そのものよりも、杭・地盤改良などの目にみえないところにどれだけコストをかけるか(またはコストをかけないか)費用対効果をよく考えて建物全体の計画・設計をすることは大変重要で、その点からも、ハウスメーカーや工務店に丸投げせず、意匠設計者のみならず経験を積んだ構造設計者と共に、丁寧に住宅の設計を進めることをお勧めします。
「浮かぶ」ことが心配なのは、一般的な住宅ばかりではありません。地下室があるビルでも、地下水位が高いエリアでは注意が必要です。地下水が入り込まないように水密にできていた場合、地下水位の上昇によって浮力が発生する可能性があります。
アムステルダムの運河に浮かぶ、ハウスボートのようにもともと計画されていれば別ですが。。。。
想定水位
ハザードマップでは、浸水した場合に想定される水位が示されています。これまで解説してきた ①かさ上げ、②高床、③囲む、④建物防水 という4つの提言を、さらに具体的な建物の計画に反映させていくためには、この想定水位より上のレベルか下のレベルかで切り分けて考えていく必要があるでしょう。
例えば滋賀県では、耐水化ガイドライン を策定しています。想定水位以上では、居室の床面または避難上有効な屋上があることが必要です。想定水位以下では、構造が耐水性(例えば鉄筋コンクリート造など)であること、または、構造が木造であっても想定水位と基礎上面高の差が3m未満であることが必要となります。敷地によって、または、高さによって、綿密に計画を立てることが重要であることが分かります。
日本建築学会による提言
2020年6月、日本建築学会は 激甚化する水害への建築分野の取組むべき課題~戸建て住宅を中心として~ という提言をまとめています。その中で
建築分野では、従来、耐震性能、防火性能、耐風性能、耐雪性能、断熱性能など、地震、火災、台風や気候に対する要求性能は明確であり、学会基準などで定められているが、水害に関する耐水性能について、日本建築学会の取組みは未着手である。
ということが指摘されています。というのも、
構造・材料・構法の面からは水流がもたらす荷重や浸水後の耐久性の視点、
環境工学・建築設備の面からは浸水後の断熱性能の劣化や衛生環境の悪化の防止による居住者の健康確保と設備の機能維持の視点、
建築計画・設計の面からは浸水時の居住者の安全性や建物の機能維持、浸水後の早期復旧を容易にする設計の視点
など建築学に関わる様々な分野を横断して論ずる必要があるためです。本ブログでは「かさ上げ(盛り土)、高床、囲む、建物防水」の4つの対策を紹介しましたが、実際は地域や建物の固有の状況に合わせて、様々な分野を横断して検討を重ねる必要があるのです。
例えば、都市計画と建築物単体の計画、公共建築と民間建築、住宅と非住宅では、そもそも検討する対象が異なります。今回のブログは「水害に強い家」ですが、戸建住宅と集合住宅では大きく対策も異なるでしょう。
またどの程度「水害に強くするか」についても検討が必要です。安全性や費用対効果を考えると、仕様を上げて強固な建築物を作るよりも、避難場所を確保した上で壊れやすいが復旧も容易な建築物を作ったほうが、より適切な場合もあるでしょう。
先ほどの、①かさ上げ、②高床、③囲む、④建物防水 という4つの提言は、どのように建物内に水を入れないようにするか が前提に検討されていたといえるでしょう。一方、気候変動の影響により浸水被害が増大することが避けられない場合、建物が浸水することを前提として どのように建物内から水を排出するか という視点がより重要になるのかもしれません。
米国における洪水対策
気候変動による洪水は、世界的問題となっています。私の所属するAIA (American Institute of Architects 米国建築家協会)では、洪水に対して有効なリンクをいくつか提示しています。その中のいくつかを紹介しましょう。
Insurance Institute for Business and Home Safety
Insurance Institute for Business and Home Safety(ビジネスおよび住居の安全のための保険研究所)では、直近の洪水の被害を抑えるための6つの対策 を提示しています。
- 排水溝、竪樋、軒樋のごみを撤去する
- 地下や床に置いてある家具や電気製品を上階や床上に移動する
- ラグやじゅうたんを丸めて上階に移動する
- 地下の排水ポンプのバッテリー容量を確認する(保有している場合)
- 分電盤が浸水する前に主電源を落とす
- 洗濯機や家電を予想浸水高さの少なくとも30㎝上に持ち上げる
軒樋や排水溝の清掃、何となく流れが悪くなっていることをうすうす感じてはいるものの、ついつい後回しになっていませんか?
American Red Cross
American Red Cross(米国赤十字社)では、洪水前、洪水中、洪水後の3つに分けて注意点を提示しています。以下、特に住宅に関して記載されていることを抜粋します。
浸水前
- 分電盤、温水ヒーター、室外機をできるだけ高い位置に設置する
- 排水溝から洪水による水が逆流しないように、逆止弁がついているかどうか確認する(もし難しい場合は、コルクやストッパーで栓をする)
- 家の周囲に堤防や止水壁を設置する
- 地下室の壁から水がしみこまないように防水する
- 土のうを準備する(高さ30㎝幅6mに相当する壁を作るには、およそ100個の砂袋が必要になり、2人で1時間の作業が必要になります)
風呂桶に水をためておいても飲み水としては使えませんが、断水した場合、状況によってトイレの排水や床の清掃や衣服の選択に使うことができます。
浸水中
- 行政からの指示があった場合、主電源をOFFにして給水の元栓を閉める
- 浸水したガスや電気機器は使用しない
- できる限り水に触らない(細菌、寄生虫、虫などが存在しています)
- 洪水の中を移動しない(わずか深さ15㎝の速い流れで人は簡単に倒れます)
- 車内にて急激に水かさが上がった場合すぐに外に出て高台に避難する
SUVやトラックであっても洪水には無力です。深さ60㎝の浸水で自動車は浮きます。
浸水後
- 動物や虫に注意する
- 漏電に注意する
- 構造や設備が安全であるかどうかを専門家に確認してもらうまでは使用しない
- 浸水状況の写真を撮影する(補助金や保険のため)
- 汚水や雑排水の復旧をできるだけ早く行う(健康被害を避けるため)
- 地下室が浸水した場合、一日1/3ずつ水を抜くこと(急激に水を抜くと、水を含んだ外部の土圧によって地下構造体にダメージをあたえることがあるため)
日本と米国の違いはあっても、浸水前や浸水後に注意するべきことは、ほぼ同じようですね。
まとめ
地球温暖化による異常気象の発生は日本のみならず世界的問題となっています。家を計画する場合、可能であれば、過去浸水被害のない安定した地盤の土地に建設することが望ましいです。しかしながら土地がすでに決まっている場合、可能な限り4つの対策を頭に入れて計画することをお勧めします。
これらの対策の採用によって「(比較として)より安全であること」を実現することは可能でしょう。しかしながら「絶対的に安全であること」は、そもそも実現不可能です。もし皆さんの周りに「絶対的な安全」をうたう建築関係者がいたら怪しいと思った方が良いでしょう。
今後、洪水被害に常に対峙する東南アジアの建築物から学び、日本古来の建築物から学ぶ必要性は、今まで以上に増すと考えています。
日本では水害とともに、台風の影響も多く受けます。「台風に強い家」を作るための2つの対策と立地条件・建物形状について も併せてご覧ください。
LIXIL OWNERS ONLINE 住み人オンライン 「異常気象時代の家づくり ─ 水害から家を守る 第1回、第2回、第3回」にも寄稿しました。
最近では、ハウスメーカーによる浸水防止を掲げたモデルが発売されています。一方で、水害に対して万全を期する全方位的なモデルを作ることは不可能で、もし可能であったとしても、費用対効果に疑問が残ります。該当する敷地や施主の状況に応じて、細かく調整されるべきだと考えています。来るべき水害に備えた家の一例として、こちらのプロジェクトもご一読ください。