自分の思い描く「理想の住空間」は、どのように人に伝えればよいのでしょうか。抽象的な言葉による表現でしょうか、それとも、具体的な写真による表現でしょうか?「理想の住空間」に対する自分の考えやイメージを正確に伝えることは、とても難しいことです。
例えば、「緑と光にあふれた空間」という言葉によって、自分の思い描く「理想の住空間」について伝えるとしましょう。「緑と光にあふれた空間」といった言葉から発想されるイメージは、受け手によって全く異なります。2枚の写真を例にとって、考えてみましょう。
Aさんは、「緑と光にあふれた空間」という言葉から、このように観葉植物に囲まれた白くて明るい部屋を思い浮かべました。この写真には窓が映っていませんが、色温度の高い白っぽい人工照明によって明るく輝く部屋かもしれません。植物はどれも鉢植えできちんと並べて飾られています。Aさんの考えた「緑にあふれた」は、観葉植物の鉢植えがたくさん並んでいることであり、「光」は白っぽい明るさを指すということが言えます。
一方、Bさんは同じ言葉から上のような写真の風景を思い浮かべました。周囲の緑を借景とした部屋の大きな窓から差し込む自然光は明るく部屋を照らします。緑は、かなりワイルドな状態で生い茂っています。これがBさんの考える「緑にあふれた」状態なのです。光は、白い部屋ではなく、外から大きな窓を通じて入ってくる自然光のことでした。
このように、あるイメージを伝えるのに、写真はとても有効な手段ですが、万能ではありません。なぜなら使われる写真は自分にとっての「理想の住空間」を、実際の空間上で実現したものではないからです。写真に写ったイメージにあこがれて家具を購入したら、自分の部屋には合わなかったといった経験はないでしょうか。
最近、VRやMRを用いて、実際の空間に家具や雑貨を置いた感じを体感することができるようになりつつあります。しかしながら、「理想の住空間」を体感するレベルまで再現するようになるには、もう少しだけ時間がかかりそうです。
SPACE10
ところで最近、研究調査関係でコペンハーゲンにあるIKEAのイノベーションラボSPACE10 の方とやり取りすることがありました。
「Space10」は、Rebel Agencyが運営するリサーチ拠点兼展示スペースです。多くの人々がより意味のあるサステナブルな暮らしを送れるようにする、革新的で責任ある未来のビジネスモデルを探求してデザインすることを目指しています。(中略)「Space10」はアート、デザイン、テクノロジー各界の人々を招いてさまざまなリサーチプロジェクトを行っています。その結果、幅広い試作品、エキシビション、イベント、ワークショップが誕生しています。
Spece10は直接的な商品開発を担っているというよりは、さらに先の近未来の暮らし方を模索しているような印象を受けました。つまりIKEAは単に家具や雑貨を販売しようとしているのではなく、IKEAの家具や雑貨を通じて実現される将来のライフスタイルを提供しようと試みているのだと。
そのようなやり取りをしていた矢先、IKEA新横浜店に行く機会がありました。そこでは16パタンのライフスタイルを具現化したモデルルームがありました。言葉だけでも、写真だけでもなく、「理想の住空間」がモデルルームとして目の前に現れ、キーワードによって説明されています。
印象的なのは、それらのキーワードには#(ハッシュタグ)がついており、SNSによる情報のやりとりを意識していることです。IKEAに来訪される方々は、もともと何らかの言葉や写真による漠然としたイメージを持っており、それらがモデルルームを見て再確認されるのかもしれません。
今回のブログでは、IKEAの提案している16のモデルルームを紹介したいと思います。現時点の日本の市場に対して、何かしらの共感が得られるような「理想の住空間」を提案しているのだと考えてのことです。また最後に、これらのモデルルームのキーワードが、Instagramでどのように評価されているかについて、ちょっと調べてみました。以下、キーワード、説明文として、店舗の経路順に記載します。
#Bike lovers / #自転車大好き
ここは私たち、家族みんなが集まる快適な
スペース。みんながそれぞれ熱中できる
わが家の中心。
「自転車」は、健康志向・脱炭素化に後押しされ、世界的にとても支持を得ています。環境にやさしく健康でありたい人は多いでしょう(自分もです)。自転車とともに暮らすコンセプトの下、家族の自転車は部屋の中、それもリビング・ダイニングで飾られています。
飾られた自転車の背景は、無機質な打放しのコンクリート壁が表現されており、一般的な内装材である石膏ボードに塩ビクロスではありません。実用性を前提として、打放しコンクリートの持つ「洗練された」イメージがうまく表現されています。
#Green house / #グリーンハウス
わたしたちにとってグリーンは大切なアイテム。
心も部屋もグリーンで満たそう。
緑の手入れが嫌いでも、緑が好きな人がいるように、緑に満たされた空間は、多くの人が魅力的に感じるようです。室内に限定されず、屋外のテラスと大きめの鉢植えが強調されています。やはり室内だけに限定すると、グリーンで満たすのは難しいのでしょうか?それとも、室内外のつながりを意識したライフスタイル=グリーンに満たされた空間なのかもしれませんね。心をグリーンで満たす、とは一体どういう意味なのでしょうか??
#Coffee lover / #コーヒー大好き
一杯のコーヒーと本を手に始まる私たちの一日。
仕事の前の心休まる朝のひととき。
朝を一杯のコーヒーと本から始める生活は随分と時間的な余裕を感じます。どのような空間が連想されるのでしょう?このモデルルームでは、レンガを模した壁紙、および、窓の外に見えるレンガ積み建物の壁が印象的です。コーヒー好き=インダストリアルな空間好きということでしょうか。それとも「コーヒー→西洋→レンガ」といった連想なのでしょうか。室内も、落ち着いた濃い色のフローリングや家具で統一されています。
#Insta girl / #インスタガール
なんでもかわいいものをそろえるのが大好きな私。
そのためにホームファニシングにはたくさんお金を
かけられないけどカッコよくおしゃれコーデしたい!
柄物のファブリックが特徴的な部屋です。個性的なファブリックを取り入れながらも、ワードローブにかかる洋服は意外にもシンプルです。Instagramに上げるような、気に入った雑貨を掛けて展示することができる穴の開いたボードが、部屋の2面に取り付けてあります。写真として世界と共有するよりも前に、このボードに自分の気に入ったものを飾り、洋服とのコーディネートを考えたり、次の買い物計画を練ったりと、とにかく壁面を自由に使って視覚で楽しむ。そんな光景が浮かび上がります。この写真撮影時にも、女性客が、熱心に展示された商品を見ていました。。。
#Cat lovers / #ネコ大好き
我家の息子とネコはいつもいっしょ。
近年、都市部ではネコの飼育数が伸びているそうです。犬のように散歩が必要ではなく、また限られた空間でも飼うことができます。賃貸の場合、壁に穴をあけてネコ用の出入口として改修することはできませんから、家具でネコ用の空間を作ります。
こうした壁に設置されたボードを、ネコは上り下りして遊ぶのでしょうね。それを眺めている飼い主さんも、ゆったりお部屋で過ごすのでしょう。
#Digital couple / #デジタルカップル
外ともつながりながら、ふたりでおうちにいるのが大好き。
「外とつながりながら家にいる」というのは比較的最近の過ごし方でしょうか。「デジタルでつながる」こと自体は、スマホやPCを通じて行うことなので、直接的に住空間として表現することは難しいようですが、このしつらえからは、ふたりでソファで寝そべりながら、スマホで記事を読んだり、それを相手に見せたり、というような雰囲気を感じますね。ひょっとしたら、テレビをみながらなのかもしれません。
照明シーンを、ワイヤレスで調整することができるシステムが置いてありました。手軽にできそうだったので、別の機会に試してみたいです。お仕着せの明度や色ではない、自分の好みに合わせられる照明は、部屋の居心地にも繋がる大切なポイントです。妥協せずに自分の好みに部屋をしつらえるというこだわりを、照明で手軽に実現できるのはとてもいいことだと思います。
#Always together / #ずっといっしょ
いっしょに過ごす時間のための場所。
リビングルームはわが家の中心。
家族が「ずっといっしょ」に時間を過ごすのは、やはりリビング・ダイニングエリアです。広めのダイニングテーブルと2基のペンダントライトが印象的です。オープンに開かれたキッチンとともに、家族全員がこの空間に集まってくる様子が想像しやすくなっています。個人的にはちょっと色が多くて、ものが多い印象ですが、お出かけの直前なのかな?
#Sake lovers / #日本酒大好き
私たちのセカンドライフ。
趣味の一つが日本酒を求めて日本中を旅すること。
「セカンドライフ」という言葉から想像されるのは、リタイア後の生活でしょうか。それとも、別荘など普段住んでいないところでの暮らし、という意味でしょうか?モノトーンな色調の食器棚の後ろに見える真壁(壁の仕上面を柱と柱の間に納め、柱が外面に現れる壁)が、和風の空間であることを物語っています。和風食器と酒瓶が、黒を基調としたキッチンカウンターや椅子とともに、ほの暗い落ち着いた空間の中に飾られています。もしリタイア後の生活者、と想定するならば、部屋が暗すぎる!と思ってしまいそうですね。赤いベビーチェアのようなものはお孫さん用なのでしょうか。想像がふくらみます。
#Home party / #ホームパーティ
私たち、いっしょに暮らし始めたばかり。
たくさんの友だちがくるから、まるでビックファミリーみたい!
初めて見た時、アメリカの学生寮の部屋みたいだと思いました。個人の部屋に、たくさんの友だちが出入りするパーティルームのようです。一緒に暮らし始めたばかりの部屋に、それぞれの友人を招いてワイワイ楽しく過ごす(または過ごしたい)のでしょうね。
#Cooking class / #料理教室
ダイニングテーブルはわが家の中心。家族、近所の友人と
いっしょに料理し、食事をしながら語り合う場所。
「いっしょに料理し、食事をしながら語り合う」ことは、人間関係を構築する上でとても重要です。他の部屋のように細かい雑貨で埋め尽くされていませんが、広めのキッチンやダイニングテーブルから、家族や近所の友人とが語り合っているようすが目に浮かびます。
#Food styling / #フードスタイリング
趣味が仕事になっている私。ダイニングや食に関する
トレンドを追いかけてインスピレーションをゲット!
こちらも「フード」をテーマとしていますが、「料理教室」のように家族や近所の友人といった人とのつながりがテーマなのではなく、「私」自身にフォーカスが向いています。どちらかと言えば、作って食べる空間というよりは、それらの活動の後にほっと一息ついた瞬間でしょうか。キッチンの片付けを終えて、次は何を作ろう/食べようかな?と考えているのかもしれません。
#Craft family / #クラフトファミリー
私たちの暮らしには仕事とプライベートの境界は必要ない。
タイトルと説明文の関係がいまいち私には良く分かりませんでした。木目の強い荒々しいパイン材の椅子やテーブルから、クラフト的に自分自身で住空間を作っていくイメージが伝わってきます。クラフト好きが高じて自作の商品をネットで販売し始めるといった感じでしょうか。お子さんも参加して、なんでも自分で作ってみることを大切にしているご家庭でしょうか。
#Book lovers / #本が大好き
息子と私が今夢中になっていること
それは、自宅の図書館で一緒に過ごすこと。
本に囲まれた空間は、好きな人は好きでしょう(私は好きです)。壁際の本棚とともに、大小2脚のロッキングチェアが置いてあります。ちょっと距離が近すぎる気もしますね。私なら黒い方のソファに移ってしまうかもしれません。細かいことですが、気になったのは、なぜ「息子」と設定し「娘」ではなかったのかということです。おそらく「私たちのプリンセス」という後述の部屋で「娘」を登場させたため、バランスを取るためなのでしょう。でも「こども」というニュートラルさがあっても良い気もします。本を読むのは家で親と息子だけなのか?と訝ってしまいます。
#Minimalist / #ミニマリスト
忙しい毎日だから、
快適に過ごせるシンプルライフを求める私。
この部屋の示す「ミニマリスト」は、モノだけではなく空間も最小限ということなのでしょう。ワンルームマンション的空間を前提としたしつらえです。小さめのキッチンやデスク周りをはじめとして、あらゆるものが手に届くところに整っていることの幸せを感じる空間です。整然とした、静かに過ごせそうな部屋です。
#Our princess / #私たちのプリンセス
かわいい娘の成長を一瞬たりとも見逃さない私たち。
乳児と思われる娘のいる家族の部屋です。「女の子らしさ」を住空間によって表現した一例となっていますが、女の子の色はピンクだって誰が決めたんでしょうね?ちょっとステレオタイプな気がしますが、購買のためのイメージ戦略としては適切なのかもしれません。個人的には、一瞬たりとも見逃さなかったら親も子も息苦しいと思うのですが、これも購買のため。現実そのままになっていては、身も蓋もありませんから。
#Stylish couple / #スタイリッシュなカップル
リビングルームのかたすみのミニバーと
たくさんのグラスが私たちの自慢。
ミニバーとワインセラー的収納棚のある部屋。写真を撮っているときも、欲しい欲しいとはしゃいでいたカップルがいました。バースツールは、目線が上がって同じ部屋にいても少し気分が変わります。ホームバーだったら、大きな時計は外してしまった方がゆっくりできるのでは。。。それにしてもたくさんワインが入りそうです。
Instagramのハッシュタグでは?
さてここで問題です。いままでIKEAの家具や雑貨にかこまれた「理想の住空間」16事例を紹介しました。それぞれのモデルルームにハッシュタグとともにタイトルがついていましたが、Instagramの中ではどのキーワードに人気があるのでしょうか。
まずは英語のハッシュタグでは、
#Catlover
#Coffeelover
#Minimalist
#Foodstyling
#Booklovers
といった順番になりました。当然、これらのハッシュタグは住空間を対象としたものではありませんが、ネコとかコーヒーが好きな人は、世界中にたくさんいることは分かります。
日本語のハッシュタグでは、
#料理教室
#ホームパーティ
#ミニマリスト
#日本酒大好き
#コーヒー大好き
という順番になりました。料理教室やホームパーティから派生する「食」や「人とのつながり」は、日本では海外よりもより重要視されていると言えるかもしれません。英語のハッシュタグでHome partyの順位がずいぶん低いことは、それほど意識せずに日常的に行われているからなのかもしれませんし言葉自体が使われていない可能性もあります。いわゆる持ち寄りパーティはpotluck(ポットラック)、着席のパーティはdinner party(ディナーパーティ)と呼んだりしている印象です。確かフランス語圏にもそのような言葉があったと記憶しています。ホームパーティ、は実は日本語英語なのかもしれません。
日本ではもともとは地域の人々と冠婚葬祭を通じて交わっていたのが、住形態が変化していき、人の移動も増えたことで「知らない人同士がお隣さん」という家が特に都市部では増えています。そこで、希薄になってしまった「食」や「人とのつながり」を取り戻したいという欲求が強く出ているのかもしれません。
まとめ
今回のブログでは、IKEAの家具や雑貨に囲まれたモデルルームに見る「理想の住空間」16事例について見てきました。この中で皆さんの「理想の住空間」はあったでしょうか?
個人的な好き嫌いはあるにせよ、イメージを伝えるためのモデルルームの効用について再認識しました。言葉よりも写真よりも、より具体的なイメージを伝えることができます。
同時に、どのような家具や雑貨が欲しいのかということよりも、
提案された「理想の住空間」に住むことによって、どのような自分になりたいのか
ということを、それぞれのモデルルームが問うているような気がしました。いつものようにクライアントから「理想の住環境」を聞き取りながら設計するのではなく、IKEAが提案する「理想の住環境」を観察することで、いろいろと発見がありました。
最後に
IKEA好きの方は、
北欧を代表する家具雑貨小売店IKEAによるキッチンのメリットとデメリットについて
改修プロジェクトで実際に購入取付して分かった北欧IKEAキッチンの特徴
本場北欧スウェーデンのIKEAにキッチンを見に行って、日本との文化やテイストの違いを確認してみた
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