先日、国立西洋美術館の「北斎とジャポニズム展」に行ってきました。
19世紀後半、日本の美術が、西洋で新しい表現を求める芸術家たちを魅了し、“ジャポニズム”という現象が生まれました。- その影響は、モネやドガら印象派の画家を始めとして欧米の全域にわたり、絵画、版画、彫刻、ポスター、装飾工芸などあらゆる分野に及びました。(北斎とジャポニズム パンフレットより)
北斎の浮世絵と印象派の絵画を並べて展示し、浮世絵として表現された体や波の動きや風景の構図が、巨匠たちの絵画にどのように影響が与えたのか、わかりやすく説明してありました。展示期間は1月28日までなので、お時間のある方はぜひ。
免震装置を見に行こう
今回のブログは、展示の内容ではなく、国立西洋美術館の免震装置についてです。日本のように地震の多い国では、地震を考慮して建物の設計する必要があります。なかでも、耐震・制震・免震など、異なる手法がいろいろとあるわけですが、一般の方や学生の場合、違いがはっきりと分からないかもしれません。そこで今回は免震に着目してわかりやすく説明しようと思います。まずは免震の定義から。
免震 (base isolation)
建物の基礎部分などに積層ゴム、あるいは滑り支承などを入れて地震による揺れの強さを抑えること。(建築学用語辞典,第2版,日本建築学会編,岩波新書)
美術館は貴重な美術品を多数収蔵し保護する役目があるため、免震装置を設置して揺れの強さを抑えることは大事です。企画展示の経路を出たところに、ひっそりと免震装置の矢印があります。建築関係者でなく、存在を知らなければ、きっと通り過ぎてしまいますね。
(わくわくしながら?)階段を下りていくと、展示パネルと共に、免震装置をみるための覗き穴があります。北斎の浮世絵を見る人はたくさんいるのですが、免震装置を見る酔狂な人は私以外誰もいませんでした。。。
窓からのぞくとこんな感じです。基礎と免震部材と書いてあります。これだけだとなんだかよく分かりませんね。
上の写真でははっきり見えないので、別のプロジェクトで撮影した免震装置の写真を載せますね。円筒形の黒い物体が丸い金属板に挟まれています。黒い物体はゴム製のカバーです。
それでは免震装置の内容を説明する展示パネルを見てみましょう。どうやらこの免震は、1998年に改修された「日本初の免震レトロフィット」だったそうです。
免震レトロフィットとは、既存の建物の基礎などに免震装置を新たに設け、建物のデザインや機能を損なうことなく地震に対する安全性を確保する補強方法です。(「免震レトロフィット」国土交通省ウェブサイトより)
レトロフィットとは、「Retroactive refit」を語源にした技術用語で、建物においては、施工後に目的に応じた修繕を行うことを総称していいます。一般には既存建物の耐震性を改善する際に用いられます。(一般社団法人レトロフィットジャパン協会ウェブサイトより)
国立西洋美術館の本館は、ル・コルビジェの基本設計をもとに1959年に建てられました。その時にはこのような免震装置はなかったわけで、1998年当時の技術を用いて、貴重な美術品を守るために耐震改修されたわけです。新築時において免震装置を設置することはあっても、改修に免震装置を設置したのは初の試みだったそうです。
国立西洋美術館本館の床下では、地面との間で、計49台の高減衰積層ゴムによる免震装置が建物を下から支えています。免震装置1台当たり、約140~300tの建物の重さがかかります。
免震装置には直径650mmと600mmの2種類のサイズのものがあり、それぞれ厚さ5.5㎜のゴムを36層、5㎜のゴムを40層、鋼板と交互に重ね合わせたミルフィーユのような構造となっています。
地震により建物が横方向に40㎝ずれてゴムの層が斜めに変形した状態でも、建物の自重と地震による大きな力を安全に支えられるようになっています。(展示パネルより)
なるほど。免震装置は、ゴムと鋼鈑とが交互に重ね合わされたミルフィーユ状の装置なんですね。黒いゴムカバーの内側は、こうした積層された材が入っているわけです。49台の装置が上部の美術館建物を支えています。
免震化した建物が地震で揺れても、周囲の地面とぶつからないよう建物の周囲には十分な隙間をとる必要があります。その隙間には、普段は人が安全に通行できるよう、上部をパネル(エキスパンションジョイント)でふさがなければなりません。(展示パネルより)
40㎝の変位にも耐えられるそうです。建築関係者でなければ、きっと気づかないかもしれませんね。バリアフリーでキレイに収まっています。建物の十分な隙間とはどのようになっているかを示すのが下の図です。中央のホールに展示してあった模型の写真に着色してみました。免震装置も設置場所も分かりますね。
ちなみに地下の改修工事は、とても大変だったでしょうね。建物を傾かせるわけにもいきませんし、工事中に地震があるかもしれません。耐震改修時に地震で建物が壊れたらしゃれにもなりませんよね。振動も建物に多大な影響を与えますから、工事担当者の方たちは相当神経をすり減らして施工されたんだろうと思います。
免震装置は問題なく機能するのか
これだけ大変な思いをして、実際に免震装置は機能するのでしょうか。
平成23年に発生した東日本大震災において、国立西洋美術館の敷地は最大加速度265cm/s2の揺れを受けました。しかし、免震装置が揺れを吸収したことで、建物内の揺れは最大加速度100cm/s2に抑えられ、ほとんど被害がありませんでした。(展示パネルより)
ちゃんと機能したんですね。もしこれで機能しなかったら、どうなったのでしょうか?ちなみに個人的に展示パネルでいちばんおもしろかったのが、これ。
免震装置を使わなかったどのようになっていたかを示しています。耐震壁を四周に設置しなければなりません。もともとピロティ状に宙に浮かせることが特徴ですから、台無しになってしまいます。もし、このように改修していたら、ル・コルビュジエの建築作品群(世界7カ国に散在する計23件の建造物)の一つとして文化遺産に登録されることもなかったでしょうね。
残された疑問
免震装置は、ゴムと鋼鈑を積層したものであることは、以前から何となく知ってはいましたが、地震によってずれてしまった建物をどのように元に戻すのか、元に戻すことができるのか気になったので、再度調べてみました。
アイソレータは建物を支え、地震のときに建物をゆっくりと移動させます。
種類としては、「積層ゴム」「すべり支承(ししょう)」「転がり支承 」などがあります。
積層ゴムとは、「ゴム=柔らかいもの」と「鋼板=硬いもの」が交互に重なっています。
「ゴムの柔らかさ」によって、地震時に水平方向にゆっくり揺れ、地震の揺れができるだけ建物に伝わらないようにします。
「鋼板の硬さ」によって、重い建物を安定に支えます。
しかし、積層ゴムのゆっくりとした揺れは、地震がおさまっても、元の位置に戻るのに時間がかかるため、ダンパーを併用します。
(一般社団法人 日本免震構造協会ウェブサイトより)
なるほど。やはりダンパーを併用することによって、元の位置に戻るようにするのですね。
ダンパーは建物を支える役目はせず、
アイソレータだけではいつまでも続く揺れをとめることはできないので、ダンパーが抑える働きをします。
種類としては、「オイルダンパー」「鋼材ダンパー」「鉛ダンパー」 などがあります。
(一般社団法人 日本免震構造協会ウェブサイトより)
なるほど。以前見学した別プロジェクトでは、免震装置の横にオイルダンパーがついていましたが、これは、そのためだったのかもしれませんね。おそらく。でも、国立西洋美術館の覗き窓からは、ダンパーの存在は確認できませんでした。どうなっているのか気になる所です。
ちなみに、2015年末までの免震建物棟数は、ビルもので約4100棟、戸建住宅で約4700棟、両者を併せると約8800棟、制震建物棟数は約1300棟となっているそうです。(一般社団法人 日本免震構造協会ウェブサイトより)
免震建築物計画推移数は右肩上がりに伸びていますが、免震を採用した戸建て住宅棟数はあまり増えていません。なぜ戸建住宅では採用が伸び悩んでいるのでしょうか。コストが要因でしょうか、機能性に問題があるのでしょうか、それとも別の理由?今後機会をみて、理由を探ってみたいと思います。
今回のブログで「免震」について理解が深まったと思いますが、耐震や制震との違いがいまいちわからない方もいると思います。「地震に強い家・建物」を手に入れるには - 耐震・免震・制震の違いについて も併せてご覧ください。