(2020年3月25日 加筆修正)
都心のビルの中にありながら、古民家風な内装の飲食店は、一見キッチュでありながら実は居心地が良いと感じます。古民家的質感を通じて安心感を持ちリラックスできるからなのでしょうか。経年変化をした古材に囲まれた雰囲気は、人間に安らぎを与えるようですが、実はこのような感覚は、日本人だけではなく外国人も得ているようです。古民家は、実は、私たちが考えている以上に価値があるのかもしれません。
古民家は貴重な観光資源として、日本全国で脚光を浴びています。観光立国を目指している国は、3月に文化財保護法改正案を閣議決定しましたが、こうした流れも古民家の価値を上げることにつながると考えています。
政府は6日、文化財を生かした地域振興を後押しする文化財保護法改正案を閣議決定した。歴史的建物や史跡、美術品の活用に関する地域計画を定めた市町村に対し、権限移譲や税制優遇などで支援する新制度を盛り込んだ。来年4月1日の施行を目指す。(文化財生かし地域振興 保護法改正案を決定 日本経済新聞記事より)
ちなみに皆さんもよくご存じの白川郷は、日本有数の観光地です。1997年には107万人だった観光客も、2007年には146万人、2017年には176万人と着実に増加しています。観光客の3人に1人は外国人です。
この度、平成29年白川村観光統計が確定し、発表する運びとなりました。統計概略としましては、全体入込が1,761千人、内訪日外国人観光客数は652千人となりました。前年比にしますと、全体では2%の減少という結果でした。
日本人観光客と訪日外国人観光客の内訳は、日本人観光客が9%減少の1,206千人に対し、訪日外国人観光客は前年比9%増加の652千人となりました。日本人の国内旅行者が年々減少している一方で、訪日外国人旅行者は年々増加傾向にあることが特徴です。
(白川村役場ウェブサイトより)
このように特殊な集落や、豪商・豪農の民家は観光資源として収入を得ることができ、結果、サステナブルに維持管理を行うことができます。一方で普通の民家は、観光の資源として収入を得ることが難しい現状があります。日本全国で空き家が増加する中、メンテナンスできなくなった民家(特に農家)が朽ち果てていきます。維持管理・移築・解体の3点を通じて、こうした古民家の価値を建築の視点から分析してみました。
民家とは
民家では構造材自体があらわし(むき出し)になっています。これらの材は屋根・壁・床を支える構造材としてのみならず、意匠材としての役割も果たします。民家における構造材は、飾り立てた美しさというよりは、構造の持つ力学的な美しさを表していると言って良いでしょう。実は、この構造材から構成されているところに民家の価値の一つがあると考えています。
民家の起源にちょっとだけ触れてみましょう。日本建築(特に寺社仏閣および貴族の宮殿などの建築)は、平安時代の寝殿造から書院造へと進化しました。その中で、寝殿の左右対称性が崩れ、生活様式の複雑化によって間仕切りが発生します。この変化によって、
引戸の発達
丸柱より角柱へ
畳の敷詰め
天井の発生
(太田博太郎著 日本建築史序説 彰国社)
と言われていますが、これらは民家の特徴にも良く表れていると言えるでしょう。
江戸時代には、数々の大火の経験によって、再建を前提とした簡素な書院造の形式が一般的に採用されるようになりました。さらに町人文化が全盛となり、経済的実力を備えた庶民階級でも書院造の町屋を持つようになります。
このように、書院造がただ支配階級の住宅だけに用いられたのではなく、床・棚・書院という定型化した座敷の形式は、一般町家に、それはひいては農家にまで浸潤し、現在見るような和風住宅の平面と意匠が確立した点は注目すべきである。(太田博太郎著 日本建築史序説 彰国社)
当然、都市庶民住宅として、書院造の邸宅ばかりではなく、長屋も数多く存在してきました。中世では、間口3メートルくらいの一階建てであったもの(奈良の事例)が、近世に入ると屋根に瓦葺きのものもでき、二階屋も多くなり、目覚ましい発展を遂げたようです。
ここで民家・町家・農家の用語がわかりにくいので、確認しておきます。建築学用語辞典によると、民家とはあくまでも総称であり、農家あるいは町家を指す用語です。つまり古民家は、古い農家や町家を示すことになります。
民家 (folk dwelling)
農家および町家の総称
(建築学用語辞典 第2版 日本建築学会編 岩波書店)
町家は通常、都市部に位置します。都市部は人口密度が高く不動産取引が活発です。また、都市計画法の防火地域・準防火地域に基づく不燃化の推進によって、建て替えが頻繁に行われています。現在では、魅力ある町家の街並みもすっかり少なくなってしまったようですし、かえってその希少性のため、古い町家の価値が上がっていると思われます。おしゃれなカフェや雑貨屋に改修している事例に、皆さんも心当たりがあるのではないでしょうか。
一方農家は、地方に位置します。都市部に比べ人口密度が少なく不動産取引は活発ではありません。また、都市計画区域外として法的規制が緩い場合があります。そっとそのまま残っている農家(古民家)は日本全国に数多くあるのではないでしょうか。特に過疎地では、そのまま放置されている状況が多々あると予想されます。(以下の写真は素晴らしくメンテナンスされた農家です。)
過疎地の人口減少
現在、日本全土で人口減少と経済縮小の問題が叫ばれています。特に過疎化が進む地域での人口減少は加速度を増しています。これらの地域では、あと30年後には人口が60%も減少すると予測されています。
家は住む人のためにあります。このような状況下で、過疎地の人口が急激に減少した場合、住み手がいないまま維持管理せずに朽ち果てていく農家も急激に増加すると考えられます。
空き家が増える
住む人がいない家、すなわち「空き家」は社会的問題となっています。総務省の土地統計調査(平成25年)によると、「全住宅ストックに占める『その他空き家』の割合」は、鹿児島県、高知県、和歌山県では10%を超えています。東京近郊としての東京都・神奈川県・埼玉県・千葉県、愛知県、大阪府、福岡県などの空き家率が低いことを考えると、都市から離れて交通の便が悪くなればなるほど空き家率が上がる傾向があるようです。
この資料と、先程の「過疎化が進む地域の人口推移」とを合わせて考えると、過疎地では人口減少が加速しているため、空き家も加速して増加すると予測できるでしょう。
このグラフは、「空き家の所有者の居住地からの距離」を示しています。車・電車などで1時間超~3時間以内が15.7%、車・電車などで3時間超~日帰りが不可能が11.0%といったデータがありますが、都市に人口が集中する傾向があるため、これらは「都市から離れて交通の便が悪い立地にある空き家」を示していると思われます。
空き家にしておく理由は、いろいろとあるようです。空家実態調査によると
「田舎の実家を相続したものの、都会に住んでいる自分はあまり利用することが無いので、家はそのまま空き家にしてある」ことに、心当たりのある人も多いかもしれません。「解体費用をかけたくない(39.9%)」、「特に困っていない(37.7%)」、「さら地にしても使い道がないから(31.9%)」といったことから、空き家としてそのままにするという判断をされても不思議ではありません。不動産を売買したり手を加えることは、それはそれで労力を使うことですから。
尾道市向島の空き家
先月、愛媛県今治市の松山刑務所から受刑者が脱走しました。途中、尾道市の向島の民家に潜伏していたそうです。この向島、平成29年1月31日現在の住民基本台帳によると、向島町6503世帯、向東町3941世帯 計23,519人が住む島です。
一説には7000人とも1万5000人ともいわれる捜査員を投入されたとニュースがありましたが、その中でも空き家の存在が受刑者の捜索を難しくしていたようです。平成27年度に行った尾道市の統計によれば、786件の空き家があるそうですね。ニュースでは1000件以上と報道されていたので、現在では以下のグラフよりもっと多いのかもしれません。地方での空き家の多さにあらためて気づかされたニュースでした。
ちなみに、空き家のおよそ半数(47%)は、
(ランクC)管理が行き届いておらず損傷が激しい
(ランクD)倒壊のの危険性があり、修繕や解体などの緊急度が高い
(ランクE)倒壊の危険性があり、解体などの緊急性が極めて高い
とあります。上記の円グラフは尾道市全体の統計ですが、向島だけに限定して考えてみても、老朽度・危険度が高い空き家の割合は、ほぼこのグラフの通りでしょう。
さらに向島の例は氷山の一角でしょう。老朽度・危険度についても、似たような状況が日本各地で発生していると予想されます。
管理不全の空き家のデメリット
管理会社に委託したり、自分自身で足しげく通ってメンテナンスすることによって、空き家を “ある程度”維持することは可能でしょう。しかし空き家の立地が遠方だとなかなか足も遠のきます。人が全く手入れをしないと、家は朽ち果てていきます。
国土交通省による全国1,804全市区町村を対象とするアンケートを通じて、空き家の想定される問題を
〇防災性の低下
倒壊、崩壊、屋根・外壁の落下
火災発生のおそれ〇防犯性の低下
犯罪の誘発〇ごみの不法投棄
〇衛生の悪化、悪臭の発生
蚊、蠅、ねずみ、野良猫の発生、集中〇風景、景観の悪化
〇その他
樹枝の越境、雑草の繁茂、落ち葉の飛散 等
としています(空き家などの現状について 国土交通省ウェブサイトより)。
もし、空き家が台風で倒壊したり火災が発生するなどして、何らかの被害を他人に与えた場合、その損害賠償は、空き家の持ち主に請求される可能性があります。ちなみに火事の場合は、失火責任法があり「重大ナル過失」(重過失)がある場合のみ損害賠償責任を負い、軽過失による失火の場合は損害賠償責任を負わないとされているようですが、何をもって重過失か否かを判断するのは難しいようです。火事を発生させないにこしたことはありません。
空き家となった古民家
所有者にとっては、空き家となった古民家を貸し出すことも選択肢の一つです。しかし、人口減少し空き家が増加する中で、特に過疎地の物件の借り手を見つけることは、特殊な物件である限りとても困難なのではないでしょうか。
先日、鳥取の古民家に訪れる機会がありました。入母屋造平入平屋建てで、無人状態になっておよそ5年弱が経ちます。江戸時代末期に建てられた立派な古民家でした。以前は地域の指定文化財だった建物ですが、維持管理が難しいため、移築・解体を念頭に2016年に指定文化財を外す指定解除の手続きが完了したそうです。
もともと地域の大地主の家だったそうですが、周囲の道路の整備などによって敷地が縮小し、現在では建物のみ単独で建っている印象を受けます。それでは中に入ってみましょう。
引き戸はまだ普通に開きます。集落の方々が、風通しされていらっしゃるのでしょうか。ガラスは割れたままになっています。
雨漏りのため、座敷側にはビニールシートが敷かれていました。
簡単な視察で時間もなく、レーザーでおよその大きさを計測します。有機的な形の材を多用している古民家ですから、本格的に計測するのであれば、3Dスキャンによって計測する必要があるでしょう。
太い梁がとても魅力的です。屋根裏に上がってみると、
電気も止まっていて薄暗い中での視察です。フラッシュを使って辛うじて撮影できました。細い丸太を渡してあるだけの屋根裏なので、歩き回るのが大変でした。現代の建物に欠けている authenticity /オーセンティシティ(翻訳するのは難しいのですが、あえて言うと「本物らしさ」でしょうか)を感じます。
茅葺き屋根は鉄板被覆により保護されています。この民家は山奥の過疎の地域にあるのですが、道すがら多くの同様の民家を数多く見ました。
無人なのでかなり傷んでいますが、地震などで雨漏りがあった時などは、都会にお住いの持ち主の方が費用を出し、集落の方々で修理などを適宜行っているそうです。ただ持ち主および集落の方々も高齢化が進み、今後どのように維持管理をすればよいのか将来どのようになってしまうのか良く分かりません。
とはいえ、リスク管理の立場からは、問題に目をつぶり空き家となった古民家をそのまま放置するのではなく、何らかの行動に移すことが望ましいと考えられます。その行動とは、大きく分けて、
維持管理する
移築する
解体する
の3つではないでしょうか。
空き家となった古民家を維持管理する
自分で足しげく通って、古民家を維持管理することも選択肢の一つです。雨戸を開け放し、空気を入れ替えます。伸びた庭木を剪定し、敷地内のゴミや雑草を処分します。せっかくの地方の民家でのんびりした休日を過ごしたくても、掃除でほとんどの時間を取られてしまった話などはよく聞きます。さらに現在使用していない空き家であれば、電気や水道も止めてあるでしょうから、できる作業は限られているかもしれません。
せっかくの休日を、こうした維持管理の労働に充てたくないと考えている人は、維持管理会社に業務委託する選択肢もあります。様々な業者さんが、いろいろなサービスを提供しているようです。行きかえりの交通費や時間を、お金で買うことになるわけですが、十分考慮に値するでしょう。しかしながら、維持管理会社の業務範囲外となっている過疎地域では、サービスを委託する事すらできません。近隣の方にお願いすることも可能かもしれませんが、近隣の方の高齢化が進み、将来近隣住民の人口減少が進むと、維持管理が物理的に不可能になると予想されます。
「相続することの大変さ」について、生の声を反映した以下のニュースもありました。税金と維持費だけが積み重なると考えると、そもそも「古民家を入手しない」という選択肢もあるわけです。
まず空き家の維持費がバカにならない。固定資産税の他に、空き家対象の火災保険料、雨どいや瓦などの補修、庭の草むしりから、野生動物駆除、粗大ゴミなどが敷地に不法投棄された場合はその撤去費用もかかる。
「うちの地域だと放置するとハクビシンなど野生動物が繁殖してしまう。空き家の維持には定期的に空気の入れ換えや庭の草むしりが必要です。所有者が来れない場合、シルバー人材センターで50坪の土地なら1回につき1万円くらいで請け負ってくれる。2か月に1回はやっていただきたい」(高知県黒潮町総務課)
一方、古民家を借りたいと思っている人にとっては、需要と供給の関係から、またとないチャンスと言えるでしょう。メンテナンスをすることを条件に、ほぼタダ同然の値段で借りることもできるかもしれません。地元の人が全く目もむけなかった古民家も、外の人にとって見れば宝の山であることがあります。古民家に自分で移住したり、古民家を改修して国内外の観光客に貸し出すなどアイデア次第で様々な利活用が可能な場合もあります。
昨今、Agritourism/アグリツーリズム(都市居住者などが農場や農村で休暇・余暇を過ごすこと。日本では一般にグリーンツーリズムと呼ばれる Wikipediaより)が、イタリアを始めとして、アメリカ・カナダ・オーストラリアなどでも盛んになっているようです。農業または漁業を行う複数の古民家を拠点としてアグリツーリズムに発展した場合、大変貴重な観光資源となりますね。
また、古民家は昔からその地域に根差して住み手の生活を支えてきました。古民家の存在そのものが、地域の歴史やコミュニティを反映させている点で、新築建物よりも優れているという考え方もあります。建築的に見ると、古民家によくみられる「田の字型プラン」は、ふすまを取ることによって、大きな空間となることも魅力の一つと言えます。これらの特徴を活かして、保育施設などの福祉施設を実現させる試みも日本全国で実現されるようになってきました。当然、建築基準法や消防法をクリアする高いハードルがあります。しかし、
民家の風情が幼児教育に資するという運営側の強い信念があった。だからこそ、(古民家の)活用に対してあらゆる努力が投じられた。
(福祉転用による建築・地域のリノベーション,学芸出版社より)
ことにより実現する事例が増えています。強い信念があれば、古民家を活用しつつ維持管理することは可能です。
空き家となった古民家を移築する
空き家となった古民家に建物としての価値が高い場合、移築することも選択肢の一つです。その際、建築物を解体するか解体しないかが一つの分かれ目になるようです。
解体せずに別の場所に移動することを、建築の専門用語では曳家(ひきや)と言います。
曳家:建築物を解体せずに、あらかじめ造った基礎まで水平に移動させること
建築学用語辞典 第2版 日本建築学会編
曳家はどこに対しても可能なわけではありません。様々な条件を満たしたときのみ可能となります。
曳家の条件
曳行に適した土地が確保されていること
建築物が曳行に必要な耐久性を有していること
移転先の敷地(建ぺい率等の規制のクリアを含む)が確保されていること
曳家に要する費用と建物の残存価値(希少価値)を比較して折り合いが付くこと曳家の方法
1.建造物を地面から離す
2.建造物を地面からジャッキなどを利用して上昇させる
3.移動させるためのルートを作る
4.建造物をローラーに乗せる
5.ジャッキを使用して押すか、ウィンチを使って引くかのどちらかで移動する
6.建物を下ろし、固定する
(曳家:Wikipediaより)
こうした曳家の条件や方法を考えると、それに応じたコストがそれなりにかかることが分かります。特殊な歴史的建造物で相当のコストをかけるつもりがない場合、曳家をするのはあまり現実的ではありません。
ちなみに、石垣修理のために弘前城天守が曳家されましたが、この動画からもかなりコストがかかるプロジェクトになることは容易に想像がつきます。。。。
古民家をいったん解体して移築する場合は、曳家に比べればより手軽です。通常、基礎は移築先で製作し、土台・柱・梁といった部材に対して、解体して得られた古材を使います。切り欠きや腐朽によって強度が確保できない古材は、新材に更新されます。簡単そうに聞こえますが、現在一般的となっている木造住宅の施工から考えると、いくつものハードルを越える必要があります。
まず構造的に現行法規に適合する必要があります。金物で固定して耐震性を得る「剛構造」が現行法規では前提となっているため、木組み全体で揺れを吸収する「柔構造」を審査することができません。この耐震性の判断をどのように行い、現存する部材を活かしつつ新しい部材を追加して耐震性を上げることによって現行法規に適合させるか、構造設計者や施工者の技術的判断が重要となります。
また環境的に現在の生活習慣に適合する必要があります。気密性が低く、寒き季節でも隙間風が当然であった民家は、現代の住宅に慣れた我々にとって快適に生活できる住宅ではないかもしれません。また仮に快適に生活ができるように、高機能の冷暖房設備を追加したとしても、断熱性能が劣っていた場合、十分に機能しないかもしれません。もともとの民家は高気密高断熱仕様ではありませんから、材料や仕様に対して適切に検討を重ねることが必要となります。
さらに建材や施工方法を現在の仕様に合わせる必要があります。民家は基本的には自分たちで協力して造ることが前提になっていました。例えば、茅葺の屋根は、共同体としての村が機能していた昔は、茅の生産をしつつも、村民皆で協力しながら順番にに茅を葺き替えていたそうです。しかし現在では材料も施工者も、簡単に入手できる状況ではなくなってきているため、将来の更新の方法もよく考える必要があります。昔は茅葺であったものの今では鋼板に葺き替えた農家も、地方ではよく見かけます。土壁にも同じようなことが言えるでしょう。現実的なコストや性能を考えると、何を現在の構法によってつくり、なにを伝統構法によってつくるのか、検討を重ねる必要があります。
空き家を解体する
古民家を手に入れたものの、維持管理は面倒くさいし、移築するにも場所やお金がない場合、残念ながら解体も視野に入ります。何世代にもわたって住み続けられた民家の全てを解体・廃棄することは心苦しいものです。しかし、こうした民家には、貴重な古材でできている可能性もあることを忘れてはいけません。特に大断面の古材には希少価値があるのです。
古材は、古いというだけで価値があると考えます。神社仏閣の古い柱に触るだけで、温かみのあるほっとした気分になります。これは、コンクリートや鉄骨ではなかなか味わうことのできない経験です。工業製品ではない自然物なので、ひとつとして同じ材はありません。細かい傷や割れは、自然材料ならではの個性として、堆積した時間を表現しています。(ちなみに写真は、京都のシンボルとなっている東寺の五重塔に上った時の写真です。木造構造物の高いところにいる不思議な体験でした。)
古材の定義
古材と一口に言っても、何をもって「古い」と言うのか、客観的に示す必要があります。古材の定義は様々あるようですが、以下の基準がありました。
築50年以上経った伝統構法並びに在来工法の建物に用いられた国産木材
(一般社団法人古民家再生協会東京より)
国の登録有形文化財制度では、建てられてから50年以上経った建築物のうち、①国土の歴史的景観に寄与しているもの、②造形の規範となっているもの、③再現すること容易でないものを、対象としています。この点からも、50年を一つの目安としてよいのではないでしょうか。
他ウェブサイトでは、築60年以上、または、築70年以上と設定しているところもありました。戦中では物資が乏しかったこと、戦後の復興時に安価で質のそれほど高くない材が多用されたことを考慮すると、太平洋戦争が始まる1941年(昭和16年)よりも前、すなわち80年以上経過した材を古材と設定しても良いかもしれません。
古材を再利用や転用して、廃棄することなく使い続ける事例は、現在に始まった訳ではありません。例えば、19世紀中期の飛騨高山において「古木売払」すなわち解体によって発生した古材の払い下げを中心として、新たな建替普請を行った事例があります。(町共同施設の建替に伴う古材の処置,日本建築学会計画系論文集,第564号,311-315,2003)この事例の場合、飛騨高山という木材流通が盛んな場である特殊性があるかもしれませんが、解体により古材が発生するという情報が新しい建設計画に伝達されれば、適切に古材を活用することが可能となることを示しています。
古材の強度
現在、リサイクルやリユースといった言葉をよく耳にしますが、木材の再資源化は概ね小片化されたチップ材がほとんどで、構造材としての再使用がまだまだ進んでいないようです。古材を木材資源として有効活用するためには、その強度について把握しておく必要があります。いままでも、古材の強度に対する様々な論文が発表されています。
ブナおよびコナラ属において古材の方が新材よりも有意に高く、トチノキおよびスギは古材と新材との間で有意な差は認められなかった。
古材強度の先行研究によると、経年による強度変化は樹種により異なり、例えば、ヒノキ、アカマツ、ツガ、ノルウェートウヒ、クリでは経年による強度上昇の傾向が示唆され、一方、ケヤキは減少傾向を示したことが報告されている。
(豪雪地に建つ伝統的木造民家の古材の強度特性,日本建築学会技術報告集,第22巻,第50号, 341-344, 2016)
実は古材は良いことばかりではありません。適切に各古材の特性を把握することも必要となります。築後約70~250年を経過した寺院から採取した解体木材について、その強度性能を実験的に調べた研究によると、
本結果から、ツガ、アカマツの圧縮および曲げ破壊強度は一般に流通する未使用新材に劣らない性能を保持しており、再利用の可能性が示された。しかし一方で、木材は経年により硬くかつ脆くなる様子も認められ、これに起因して引張破壊強度は著しく低下することが明らかとなった。解体木材を再利用する際には、この点を十分に留意する必要がある。
(建築解体木材の強度性能,日本建築学会構造系論文集,第588号,127-132, 2005)
実際の古材には、通常、割れ・切り欠き・腐朽といった欠点が含まれるため、これらの強度を一般論として展開することは難しいようです。強度や剛性を計測するための試験体は、こうした欠点の無い小試験片が用いられます。入手した古材を構造材として用いるためには、専門家による検討が必要になりますが、構造部材としての古材の利用は、そうした手間を払ったとしても十分に価値のある試みであると考えています。
米国での古材
ちなみに米国では、こうした古材をReclaimed Lumber (再生木材)と呼んでいます。
Wikipediaによると、米国西海岸では1980年代から東海岸では1970年代から、環境問題への配慮や質の高い新材が手に入りにくくなったことから、古材の流通が盛んになったようです。納屋として建てられた建物には、レッドウッド(アメリカスギ・セコイア)やアメリカン・チェスナッツ(アメリカグリ)が使用されていました。製材されて建材となってから長い時間が経過しているため材料として安定していることや、大きな材を得ることができることから、とても人気があるようです。
2000年代には古材の売買ネットワークを作ることが試みられたようですが、今では別々の会社がそれぞれ古材の在庫を持ち、販売を行っているようです。LEED(非営利団体USGBCが開発し、GBCIが運用を行っている、ビルト・エンバイロメント(建築や都市の環境)の環境性能評価システム)(GBJウェブサイトより)が盛んになる一方で、こうした古材の活用も推奨されているようです。ここでは米国の事例しか触れていませんが、古材の活用は、世界的な傾向であると言えるのではないでしょうか。
減少する古民家
経済的理由や自然災害などによって、古民家は解体されます。総務省による住宅・土地統計調査によると、平成20年から平成25年の5年間のうちに13%もの古民家が解体されていたそうです(参考:古民家の活用に伴う経済的価値創出がもたらす地域活性化)。
神戸市北区にて興味深い調査がありました。茅葺き民家の実態調査です。
この調査によると、18年間で茅葺き民家は3割減となり、7割が茅葺屋根から金属覆屋根に変更されたそうです。茅葺きによる草屋根は、相対的に老化スピードが速いため他の古民家よりも早く崩壊してしまうこと、また持ち主に保存の意思があっても維持が比較的容易とされた金属覆屋根に変更したケースが多いとのことでした。
このように、特に茅葺き屋根の古民家は急速に姿を消しています。しかし、一般的に希少なモノの価値は高いことを考えてみれば、今現在お荷物としてとらえられるかもしれない古民家も、今後数十年で何物にも替えがたい貴重な資源となる可能性があることが分かります。江戸時代において一般大衆に広く流通していた木版の浮世絵が、現在モノによっては数千万する価値があることを考えてみれば、同じことがあなたの古民家にも起こるかもしれません。
古民家の価値について
本来は、古民家そのものと古民家が建っているその周辺環境も含めて一体の価値があると言えるでしょう。古民家はその風土の中から生まれ維持管理されて住み続けられてきました。周囲の自然環境をも含めた全てが古民家の価値です。
しかし現実的には、先程述べたように古民家とその周辺環境をも含めた形で維持管理するのは大変困難で、解体後移築または解体をも含めた形で古民家の価値を考える必要があります。そのような場合、構造材兼意匠材としての古材に価値が集約すると考えられます。特に大断面の巨大な梁は、手に入れたくても手に入りません。下の写真では太い小屋梁が棟木を支えていますが、このような古材は、希少価値が高いと事例と言えるでしょう。言い換えると、多数の小さな部材が集まっても、希少価値の乏しいただの廃材にしかならないかもしれません。
さらに「手の跡」が残る部材には、特に創り手や住み手の思いが込められると思います。例えば、細かい彫刻が施されている欄間などは、特に価値が発生する部材と言えるでしょう。仮に古民家を解体した場合でも、こうした部材は、建築物の一部や家具として、新しい建物に組み込むことが可能です。
古民家で用いられている部材は、年月を経て「風化」(Weathering) し、かえって味がでて懐かしさや親しみを感じさせます。古民家は雨の多い高温多湿の風土に対応するべく建物がつくられています。大きな屋根や庇によって風雪に耐え抜いた木や石のざらざらとした質感は、視覚のみならず、触覚や味覚にまでも訴える力強さがあります。
このような側面は、竣工当時が一番美しく、メンテナンスを怠るとサッシや笠木周りといった外壁全般が雨だれによって徐々に「劣化」していく現代建築とは大きく異なる所です。工業化された現代の建材は、大変優れた機能を持つ一方で、とかく経年変化をすることが不得手であるように感じます。
先に事例として紹介した白川郷の合掌造り集落も、古民家に対する人類共通の価値観が強く反映された結果、これだけ多くの外国人を惹きつけていると言えるでしょう。このように美しい建物群は、単に「耐用年数を超えた木造住宅」ではないことは一目瞭然ですね。こうした価値により重きが置かれ、社会的にお金が回る仕組みができていけば良いと思います。
まとめ
本ブログでは、日本全国で空き家が増加する中、維持管理・移築・解体の3点を通じて、古民家の価値を建築の視点から分析してみました。冒頭で述べた通り、民家では構造材自体があらわし(むき出し)になっていますが、これらの構造材が民家の価値を構成しているとも言えるでしょう。もし地方(特に過疎地)の古民家の維持管理が難しい場合、解体後移築または解体が前提となりますが、その場合は、文化や人種を問わず安らぎを与える古材が特別の価値を持つと思われます。建築設計の上でも、今後より古材に着目していきたいと思っています。