(2020.07.21加筆修正)

3Dプリンタの出現で大工はいなくなるのか?

低価格な卓上型が売り出されるに伴って、3Dプリンタのマーケットも急激に成長しています。アマゾンでは2万円台からいろいろな3Dプリンタが販売されています。フィギュアなどの模型、代替品の部品、試作用モックアップ、射出成型用の型といった、趣味から製造業のプロ向けまで、様々な用途で使われています。3Dプリンタで銃を作って社会問題になっている例もあるようですが。。。

おさらいとして、まだ3Dプリンタを使ったことのない方に簡単な説明から。3Dプリンタには様々な方法によるものがありますが、現在卓上型として出回っているのは、熱溶解積層法(またはFDM(Fused Deposition Modeling)法)です。熱溶解積層法とは、PLA樹脂やABS樹脂といった熱可塑性樹脂を熱で溶解させ積層させることによって造型をおこなう方法です。このyoutubeの動画は3分少々に分かりやすくまとめられているので初めての方は是非(動画なので英語が分からなくてもコンセプトは分かります)。

Digital Engineering の記事(May 1, 2017)によると2011年から2015年にかけて3Dプリンタの市場は年25%~35%の成長を遂げてきています。さらに2017年には88億ドル規模のものが、2018年には265億ドルまで急拡大する予測となっています。

プリントに使用される材料も様々です。2016年の調査では、ポリマー(高分子の有機化合物、合成樹脂など)が51%、金属とポリマーの混合が29.2%、金属が19.8%を占めていたようです。一般家庭にも普及している卓上型の3Dプリンタは、ポリマーを材料としているものが主になっていますが、金属を材料とする「プロ用」もかなりのマーケットを占めているようですね。

3Dプリントは、身近になって(?)きている模型や部品パーツといった工業製品に用いられるばかりではありません。医療分野では、皮膚や人工臓器、さらに食品などさまざまな分野に応用されはじめてきています。2022年までに、医療用として94億ドル、歯科用として43億ドル、航空産業用として27億ドル、自動車産業用として27億ドルのマーケットになると予想されています。

このDigital Engineeringによる記事では、建設産業ではそれほど大きなマーケットになると見込まれてはいませんでした。しかし建築産業においてもいずれ3Dプリンタが一般化して、大工が施工していた部分を担うようになるかもしれません。Architectural Recordの記事によると、3Dプリントの特徴は以下のように述べられています。

3Dプリント (Additive Manufacturing)は、実際にはいくつかの異なる製造技術を用いている。プラスティック・金属・セラミック・コンクリート・その他といった素材を用いてほぼいかなる3次元形状も作成可能である。3次元モデルやその他のデジタルデータに基づいて、素材を順番に層状に積み重ねて溶融させることによって形状が出来上がる。打抜加工・切削加工・研削加工と比較すると、3Dプリントでは不必要な部位を取り除くことによって望んだ形状を作成することが可能であることに特徴がある。Beyond the Prototype: Architects and designers take additive manufacturing to a new level.(プロトタイプを超えて:建築家とデザイナーにより3Dプリントは新たなレベルに到達)(筆者訳)

3Dプリンタは建築設計事務所の日常業務にも、徐々に浸透しつつあると言えます。現在3Dプリンタがどの程度進化していて、今後どの程度活用される可能性があるのか、世界の事例を集めてみました。

世界で最初の3Dプリンタによる建物

3Dプリンタの出現以来、世界中で様々な人々によって建物を作る試みがされてきました。一方で、多くの彫刻のような建造物は作られてきましたが、床・壁・屋根を持つ建物として機能する建造物を作るにはなかなか至らなかったようです。

2016年5月「世界で最初の3Dプリンタによる建物」と称する1階建てのオフィスがドバイに建てられました(何をもって世界最初の建物と認定するかは難しいところがありますが。。。)。これらの建物は、UAEと米国の共同開発されたコンクリート化合物によりできているそうです。高さ6m長さ36m 幅6mの3Dプリンタを持つ上海の工場で生産され、ドバイに運ばれてきました。設計は米国の組織設計事務所Genslerで、3DプリントしたのはWinsun Global Techだそうです。(ARCHITECT, June 01, 2016 およびGovernment of Dubai websiteより)これらの建物は、卓上用3Dプリンタで作成した模型がそのまま大きくなったようにも見えますね。

Government of Dubai websiteより)

実は、このWinsun Global Techの関連会社(?)であるWinSun Decoration Design Engineering Co.は、2015年に3Dプリンタで造られた6階建ての集合住宅を発表しています。映像を見る限りでは、3Dプリントした部材を壁型枠兼仕上材として用いており、床、柱、壁などの構造躯体はコンクリート造のように見えます。3Dプリンタを活用した事例として面白い試みですが、3Dプリンタで造られたと言ってよいかどうか疑問が残ります。。。

因みにドバイでは、2030年までに25%の新築建物を3Dプリンタで製作することを目指しているようです。。。(3-D Printed Buildings Are a Tech Twist on Ancient Construction Techniques, Wall Street Journal 記事より)すごく意欲的ですね。

アムステルダムでは

同じく2016年、アムステルダムでは、8㎡のバスタブ付きキャビンが3Dプリンタによって製作されています。サステナブルなバイオ・プラスチックを素材としているため、廃棄時にはリサイクルできるそうです。用途として災害時の仮設住宅を考えているとか。DUS Architectsによる試みです。(Dezeen, 30 August 2016より)

DUS Architects, Photography by Ossip, Dezeenより)

このプロジェクトも、別の場所でプリントされたパーツを組み上げたものを、現地に運び入れているようです。基礎、設備などは別途となります。

これらのドバイとアムステルダムの事例は、別の場所にある工場でプリントされた建築部材や建築部位を現地に運搬し組み立てることによって成立しています。工場で製作されている以上、工場において、3Dプリンタがプリントしてつくるか、作業員が部材を組み立てるかの違いはあっても、工場製作を前提としたプレファブリケーションである点では、コンセプトとしては、あまり変わらないかもしれません。しかし、3Dプリンタの進歩はかなり早いようです。工場ではなく、現地で組み立てる試みもなされています。

現地で組み立てる

2017年になると、サンフランシスコのスタートアップ企業ApisCor社もまた3Dプリンタで家を作る試みをしました。-35℃の厳しい環境のロシアの村で、コンクリートの化合物を利用して24時間以内にプリントしていきます。基礎、床、断熱材、窓、屋根、内装、設備などは同じように別途。38㎡で10,134ドルだそうです。従来3Dプリンタによる建築物の限界は、①工場内でしか作れない、②機械が重い、③機械を現場に運ぶのが難しい、といった問題点がありましたが、それらを解消している計画です。持ち運びが容易な機械を中心に据え、現地にて同心円状に作っていく手法はとても面白いですね。Feb. 22, 2017の動画です。

さらにこのApisCor社は、2019年10月(建設時時点では)世界最大の3Dプリントされた建築物をドバイに建設しています。高さ9.5mの2階建てで、640㎡だそうです。以下Youtubeの動画からもその大きさが分かります。アームを伸ばしてプリントをしていく方法を採用しているので、ロシアの事例と同様に円弧上の形状をしています。

モルタルを材料とした3Dプリンタの家

実はこのブログ、3Dプリンタで家がつくられたというニュースがきっかけです。(GYZMODE,  3Dプリンタで作る、24時間で建つお家。お値段100万円ほど、コストもセンスも良さげ (2018.03.14)より)かなり気になりました。以下のリンクを見ていただけると、チューブからマヨネーズを絞り出すようにモルタルを積み重ねていく様子が分かります。モルタルが地層のように重なっている様子が、表面にはっきりと出ていますね。

12時間から24時間ほどで造られ、コストが1万ドル(約106万円)。ICON社によってつくられた。使われた3DプリンタはVulcanが開発。広さは60平方メートルほど。世界のどこでも手にはいりやすいモルタルを材料として使っているため発展途上国で建設可能としている。来年、Vulcanの3Dプリンタで、エルサルバドルに家を100軒建てるのを目標としているそうです。(BGRより)

このICON社のウェブサイトをたどってみると、このようにコンクリート基礎の上に、レールを敷き、3Dプリンタを設置するレンダリングイメージがありました。卓上型の3Dプリンタがそのまま大きくなったように見えます。これを見る限りでは、他の建物と同様に、基礎、窓、屋根、設備などは後から組み込むようですね。かなり巨大なフレームが必要となります。

(Rendering Image, ICONより)

 

ロボットアームによる3Dプリント

2018年ミラノサローネでは、ヨーロッパ初の3Dプリント住宅が展示されました。この住宅は、CLS ArchitectsとArup の協働で作られ、リビング、寝室、キッチン、浴室で構成された100m2、平屋建ての住宅だそうです。壁や屋根といった各部材は、全て解体・移設ができるように設計され、コンクリートで3D出力されました。
この動画からでも分かるように、出来上がる層状の外観はICON社製の3Dプリント住宅と似ていますが、3Dプリントするためのロボットアームが、より細かい作業を可能としているように見えます。

 

橋の場合は?

建築物には、床・壁・屋根があり設備や内装も必要となります。そのため、どうしても3Dプリンタのみで全てを作ることが難しいようです。しかし、橋などの構造物は、素材が単一にすることができるので、理論的には3Dプリントのみで全てを製作することが可能となります。

2016年12月、Alcobendasというマドリッドの町に、歩行者用の橋ができました。土木スケールで3Dプリンタを用いた世界初の事例だそうです。材料はコンクリートで、長さ12m幅1.75m。8ピースをつなぎ合わせて造られました。Institute of Advanced Architecture of Cataloniaによって設計され、Acciona社によって製造されました。 (www.3ders.orgウェブサイトより) 動画を見ると、ステンレスの手摺は後付けされているようです。やはり橋の構造という土木のスケールと、手摺という建築のスケールを同時に作るのは難しいのかもしれません。

材料はコンクリートを基本としたものばかりではありません。アムステルダムのスタートアップ企業MX3Dは金属製の橋を製作中です。ArupAutodeskといった国際企業も巻き込んだ産官学のプロジェクトです。プロジェクトは2015年に開始したものの安全性などの見地からなかなか許可が下りず、大規模な設計変更の後、2017年5月に3Dプリントが始まりました。2018年3月には安全性の確認が行われ、2018年6月には竣工・一般公開される予定です。楽しみですね。(MX3Dウェブサイトより)

現場で橋を製造する

これら2つの橋の事例は、どちらも工場製作が前提となっています。ApisCor社やICON社の家の事例のように、現地で製造することはできないのでしょうか。MX3Dは2015年の時点では、3Dプリントするアーム自体が、橋の製造とともに移動していく施工方法を提案していました。今回の橋ではこの手法を用いることができませんでしたが、実用化されるのも時間の問題でしょう。これが実現すれば、かなり画期的なことで、土木のみならず建築にも応用していくことが可能になります。

日本でのボトルネック

家を3Dプリンタで製造することは、日本で可能なのでしょうか。現段階ではかなり難しいのではないでしょうか。

まず社会的に需要がなければなりません。大平原に同じ住宅をいくつも建設していくプロジェクトがあればよいですが、そのような国内需要は見当たりません。将来的に人口減少して住宅が供給過多になる状況ではなおさらです。

さらに経済合理性が無ければ、わざわざ3Dプリンタで造る家を一般化するのは難しいでしょう。橋などの構造物と違って家の場合、基礎・建具・屋根・内装・設備などを別途に製造して組み込む必要があります。プレファブによる工場製作が一般化して、現地での組み立ての省力化が進んでいる現在、価格的に競争力がある家を製造できるかどうか疑わしいです。型式適合認定を取得して建設することも可能かもしれませんが、経済合理性が無ければ、わざわざ認定を取得し設備投資を行うこともないでしょう。

さらに建築基準法を満たさなければなりません。プラスチック系の素材で建築物を作るにはコストが高すぎるため、コンクリート系の素材を用いて3Dプリントする事例が増えているようです。こうしたコンクリート系の建物に対して建築基準法を満たすためには、コンクリートブロック等類似の素材で建設された事例を参照して検討が行われることになります。さらに材料試験場で様々な試験が必要になるでしょうが、費用と時間をかけている間に、新しく調合された素材が開発されたり、3Dプリンタの機器が新しくなって工法自体が更新されるかもしれません。

今後の可能性は?

家を構成する各部材を3次元プリンタで製造することは、今後増えてくると考えています。内装や建具などのパーツを、ニーズに応じて個別に製作することは可能です。多品種一品生産の切り札として重宝されるでしょう。

災害の多い日本では、被災地での復興住宅として利用することができるかもしれません。住宅を据えるための地業工事が完了し、電気を始めとしたインフラが整っていることが前提になりますが。。。

また遊園地などのリゾート地で、キノコ型の家、タケノコ型の家、パンダ型の家など、個別に多品種の彫刻的建物をつくることもできるでしょう。板状の建材によらず、自由な形態を実現できるところが3Dプリンタの利点でもあります。

3Dプリンタによって、構造(躯体)と設備(配管類)などを統合させた形状を作ることは可能です。ただ構造躯体として十分に成立する形状と、給排水の配管として水漏れしない形状を3Dプリンタによって実現させるのは、まだまだハードルが高いかもしれません。実用化した暁には、より生命体に有機的な家になるのでしょうね。

また異なる素材を混在してプリントすることにも様々な可能性があると考えます。例えば透明度の異なる素材を混在させることによって採光用の窓を含んだ外壁をプリントすることもできるでしょう。基礎・建具・屋根・内装・設備のうち、すこしでも多くの要素を統合させてプリントすることができれば、より実質的に3Dプリンタで家を作ることに近づくでしょう。

ちなみに、4Dプリンティング(Four-Dimensional Printing)という技術にも注目すべきかもしれません。熱を加えることによって自動的に形状生成するプラスチックを素材として、3Dプリンタを用いて造られます。 空気・水・熱などとの化学反応によって形状を自動生成する、つまり時間的要素がふくまれているため 4Dプリンティングとよばれているようです。現在はまだ「家」のスケールではなく、あくまでも小さなオブジェが前提となっていますが、将来的には、砂漠や南極といった極地の気温にさらされることによって、自動的に「家」が出来上がるようになるかもしれません。

まとめ

現在の日本では、3Dプリンタによって家そのものをつくることはまだ難しいです。しかし技術の発展に伴い、近い将来3Dプリントで完全な家ができるようになっているのかもしれません。数年後には、このブログの内容を根本的に加筆修正する世の中になっていることを期待しています。