最高品質の素材とディテールを求めて
PCF(Pei Cobb Freed and Partners)勤務時代の先輩達が運営するニューヨークの建築事務所io Arhicectsと、I.M. Pei氏との協働プロジェクトです。2007年秋、PCFの先輩から「世界的クオリティの建築プロジェクトに携わりたいか?」と聞かれ、「ぜひ参加します」と即答したのが始まりです。
滋賀県甲賀市にある8ヘクタールもの敷地に、延床面積およそ25,000㎡の全寮制中等教育学校を建設するという、自分にとっては過去最大規模のプロジェクトとなりました。日本側の設計責任者として、開発許可・自然公園法許可・学校の許認可取得等に関わり建築設計・監理も行うという、5年をかけた巨大プロジェクトです。設計者や施工者の人数も建物の規模も、そしてハイエンド建築としてのクオリティもこれまでとはけた違いのプロジェクトです。
Pei氏によるチャペルと、io Architectsによる校舎・寮・茶室など種類の異なる建物を、NYサイドと緊密に連絡を取り合いながら、同時進行で進めていくというダイナミックな過程というと聞こえはよいですが、そのどれも見落としのないように注意深くマネジメントしていくというプレッシャーも過去最大級のものでした。
建築設計実務というと、形体の創造に主眼を置いた設計がまず浮かびますが、実はもう一つ非常に重要な要素としてプロジェクトのマネジメントがあります。巨大建築プロジェクトには、何人もの設計者、何層にもなる施工業者、各種コンサルタント、そしてクライアントが参加します。これらの登場人物の動きを把握し必要な情報を出し入れしながら、全体像を把握していく。規模に関係なく必要なマネジメント能力ですが、巨大プロジェクトについての代えがたい経験を積む5年間となりました。
日本側設計責任者として、実施設計図面はもとより実際にものが建つ施工図面のすべてに目を通しました。印鑑のインクもあっという間になくなってしまうほどの枚数に捺印をしながら、図面からものが建てられていくプロセスを目の当たりにしました。この経験を経て、どのような規模のどのような種類の建物も、自分で設計・監理できると自信がついたことは、とても重要な経験でした。
チャペルを設計したPei氏(1917年生まれ)はこの学校チャペルの設計を「人生最後のプロジェクト」と位置づけていました。プロジェクト開始時には90歳、つい先日100歳の誕生日を迎えた彼の最後のプロジェクトとして日本を選んだことは非常にうれしいことでした。世界的に著名な建築家が、自分の求める最高のクオリティの建物は、日本の施工技術や加工技術によってのみ可能になると考えていることを意味するからです。このチャペルの設計では、Rhinocerosで3Dモデルを作成し、設計・施工者で共有しながら進めることになりました。施工会社である清水建設からも3Dモデル設計のエキスパートが参加し、3Dのデータをそのまま施工図として扱い、共有された3D情報そのものが実物として建ったのを目の当たりにしたのは非常にエキサイティングな経験でした。従来型のモノづくりのありかたが音を立てて変わっていく最前線にいたことになります。
Pei氏の建築には特徴的な素材の使い方があります。例えば石はベージュのライムストーンを多用しますが、これはルーブル美術館のプロジェクトで用いたフランスのライムストーンであるMagnyという石です。ブルゴーニュ地方にある石切り場まで出向き、どのようなクオリティの石を採択するかに立ち会いました。最大寸法どのくらいであれば、石塊を切り出すことやスラブを切り出すことができるのかについて、つまり素材のサプライチェーンの一番上流部分を実際に確認できたことは、とても貴重な経験です。ちなみに、工場検査に行くとおいしいワインが飲めるため、ペイ事務所の諸先輩はこぞって工場検査に出向いたそうです。
またステンレスの外装材は、日本の菊川工業にお願いすることになりました。世界中に展開しているアップルストアの外装を製作している金属専門の業者さんです。チャペルの外装材は一つの3次曲面の板材が、およそ幅1.2m高さ18mあります。これだけの大きな材を特注の表面仕上げとするため、結果として工場を拡張していただくことになりました。菊川工業は世界各国の著名な建築家の設計する様々な建物の金属加工を担当されていますが、このような業者さんが日本にいることも心強いですね。
各種コンサルタントのプロジェクト参加もバラエティに富んでいました。例えば、構造エンジニアやライティング・コンサルタントは米国から、音響コンサルタントはフランスからといったふうにPei氏のプロジェクトをいくつも成し遂げている、お馴染みのコンサルタント達の働きぶりを目の当たりにしたことも非常に興味深いことでした。多くの有名建築家による音楽ホールの音響設計に携わった音響コンサルタントが「大体音響シミュレーションでどのようになるか分かるけど、最終的にはできてみないとわからないよね」と言っていたのが印象的でした。格式張らないフラットなコミュニケーションスタイルは、英語の良い点だと思っています。
ステンレスは当時加工可能な最大の大きさを確認することから始まり、その限界を見据えながらPeiが求める形状をどのように実現するか、というチャレンジがありました。そして、施工サイドの技術力とその限界を押そうとするたゆみない努力を目の当たりにしたことで、施工者に対するリスペクトが高まりました。それまでは設計にばかり目が向いて、施工のことは少し対岸にあるようなイメージだったのが、施工できる設計をすることの意義を実感しました。 施工可能な設計をすることは、最終的には建築そのもののクオリティを上げることに繋がるということに確信がもてました。
チャペル内部に使われた木パネルは皇居新宮殿や吹上御所の家具なども手掛ける京都の宮崎木材が製作、3Dモデルによって設計されたデザインを日本の手工業的なクラフトマンシップで実現させるという、日本でしか行えない施工精度と技術のたまものといえる建築ができました。
Pei氏の初めてのプロジェクトはチャペルだったそうです。そして自らの建築家人生を「チャペルに始まり、チャペルに終わる」と位置付けました。扇の形を丸めた形状は、数週間の間にあっという間に定めてしまったのですが、プロジェクト初期に決めたその志向は、全くブレることがなく、確信をもっていたというのですから驚きます。しかも、建築・施工的に全く不可能なことはなく、出来るギリギリ、という精度でのリクエストだったことがさらに彼のすごみを際立たせています。縁あってPei事務所で働くことになった自分が日本に帰国してから、Pei氏の最後のプロジェクトに関わることになろうとは思いもよりませんでした。
ブログ I. M. Pei の二つのチャペル も併せてご覧ください。
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