海外敷地での初めての新築住宅プロジェクトが実現しました。Mt.Hoodを一望する素晴らしい景色を楽しむことができる家です。外国人の施主・協力設計者・施工者との円滑な協働作業の賜物です。
施主は、テキサス州出身のアメリカ人のご主人(Gさん)と、幼稚園教諭の日本人の妻カップルで、小学生のお子さんが一人いらっしゃいます。Gさんは、以前ネットワークテレビ局で3Dアニメーション制作に携わるなど、コンピュータで3Dモデルを作成する能力のある方でした。
敷地は、ポートランド市街地南西側の丘陵地にあり、東向きの斜面の先には景色が広がっています。何よりオレゴンでは有名で日本人・日系人にはオレゴン富士と呼ばれていたMt. Hoodを眺めることができる敷地です。東から差し込む朝日の光を、Mt.Hoodの景色とともに取り入れることは、最重要課題の一つです。
PSU(Portland State University)まで歩いて15分くらいの便利な立地で、ストリートカーが走る市街地まで徒歩圏内です。丘を登ってきた先にある行き止まり(Cur de Sac)の静かで緑が多いエリアであることなどが、敷地購入の理由となりました。
自分にとって、建築の実務を学び、実践してきた最初の国は米国でした。フィート・インチという計測システムで設計するのは帰国して以来ですから相当のブランクがあります。すべてを1フィート/12インチで設計しなければならず、そのスケール(大きさ)感覚を思い出すのには少し時間が必要でした。しかし思ったよりも早く慣れるものです。
設計の流れ
まずGさんから「理想の住宅」案として、平面計画とSketchUpによるアニメーションが送られてきました。海外クライアントとの仕事では、希望案として図面を送付いただくこともありますが、アニメーションまでご本人が作成されたのは初めてでした。さすが、前職で3Dアニメーションを作成されていただけあります。
もともとどのような敷地であれ、コートヤード(中庭)型の建物を希望されていました。これにはテキサス州出身という彼のバックグラウンドが大きく影響しているのかもしれません。というのも、テキサスは広大な土地に恵まれた州であるからです(面積ではアラスカに次ぐ第2位、人口でもカリフォルニアに次ぐ2位)。
土地が潤沢にあるテキサスでは、あえて建物を複数階にする必要もなく、東西南北にひらかれた平原に、必要な面積分の平屋を広くつくればよいだけだ、という考えも理解できますし、そのような価値観で住宅を捉えているのでしょう。彼がdream houseとして描いてきた家はその具現化といえるものでした。
いっぽうで、施主の住むPortland(Oregon)は、山が連なり、坂が多い都市部であり、敷地も傾斜地です。この点についての現状を説明し、敷地に合った家をデザインすることの必要性を伝えていかなければなりません。元々平面的にプランニングされていたものを、「傾斜地においてコートヤード的な住宅をどのように実現していくか」というチャレンジがありました。
検討に当たり、まず最初に高さ制限やセットバックといったゾーニングなどの法規確認が必要です。オレゴン州の法規を調べ、おおよその建設可能範囲を調査しました。しかし、これ以上の現地の法規確認や適した構工法の採用には、現地の設計者の協力が必要です。
日本国外の敷地でのプロジェクトを進めるにあたっては、確認申請や実施設計(Construction Document)、施工監理(Construction Administration)に至るまで、現地の建築士・エンジニアとチームをつくり、協働する必要があります。私自身NewYork州のプロジェクトであれば、NY州登録建築家として確認申請を行うことは、理論上は可能です。しかしながら本プロジェクトの場合は、Oregon州であることや遠隔地であることから、OR州登録建築家とともに設計を進める必要があります。大学院で通っていたGSD(Harvard University Graduate School of Design)時代からの知人がPortlandの組織事務所ZGFに勤めていたので、彼にMINARIK Architecture を紹介して貰い、施主に推薦しました。
詳細を詰める実施設計時や、施工中の監理時時において、実際に面と向かったやり取りをするのは施主ですから、相性が最も重要なのは言うまでもありません。面談などを通じて最終的に施主が判断し、採用されました。ちなみに、海外施主/事務所が日本でプロジェクトを行う時にも同様のプロセスがあります。弊所ではそのような時に現地建築事務所としての立場で協働してきた訳ですが、逆の立場になるのはこれが初めてでした。
傾斜地では、掘削量をどのように抑えるかが予算管理上も構造上も大切なポイントになります。土を運ぶ量を少なくし、かつ擁壁も出来るだけ低くしたい。その一方で、地域の高さ制限との折り合いもつけるというバランスが必要でした。そこで、現地のGeotechnical Engineer(地質調査士)に依頼し、情報を日米設計サイドで集約し、図面に反映させていきました。
結局、限られた床面積の中で、コートヤードを実現するためにはどうすればよいのか、検討を重ねた結果、階段室の吹き抜けをコートヤードと見立てて、植栽を施すことで日本側が主導権を持つの設計段階(DD: Design Development)を終えました。以降、実施設計(CD: Construction Document)と現場監理(CA: Construction Administration)については、MINARIK ARCHITECTUREが主導権を持ってプロジェクトを進めていきます。
このプロジェクトは高低差のある建物であるため、階段室の煙突効果(chimney effect)と丘の下から吹き上がる風を利用して、空気が循環するようにします。最下部の玄関脇から空気を取り入れ、最上部の階段室上部へと抜ける通気を確保しました。このように夏季は下層部の涼しい風が上に向かうように計画していますが、冬季には最上部にたまった暖気をリビングルームに戻すように、ダクトによる空気循環を行っています。あいにく実施設計の段階で、階段室上部の天窓は諦めることになりました。
テキサス(Gさんの出身地)のような乾燥している気候なら良いのですが、雨が多いアメリカ北西部では、掃除が大変なことや雨漏りなどのトラブルになることが多いためです。結局、階段室上部にたまった暖かい空気は、天窓からではなく、窓から抜くことができるようになりました。
施工中に施主サイドで、細かい仕上げや金物に関する建材の選定や施主支給を行われました。またキッチンの詳細も施主主導で選定や据え付けが行われました。
竣工して
リビング・ダイニング
そもそもの敷地選びの段階から、オレゴンでは有名なMt. Hoodを眺めることができることが、この建物の重要な長所でした。リビングやキッチンを始めとして、できる限り多くの部屋からMt. Hood を眺めることができることを前提に、計画が進められました。朝日をあびながら、Mt.Hoodを眺めつつ、目覚め、シャワーを浴び、キッチンで調理し、食事をいただくというとても贅沢な空間構成になっています。
白い床は空間を広く感じさせます。白を基調とした北欧風にしたかったという施主の希望がそのまま実現しました。もともとご存知ではあったものの、白い床に黒い髪の毛が目立つため、掃除を以前より頻繁にされるようになったとのことです。
キッチン
「キッチンの窓からMt.Hoodが見えること」がご要望の一つでした。キッチンでは、施主自身が特にこだわりを持って、製作者・施工者と詳細な打ち合わせが進められました。「全てをしまい、何も出さないこと」がこだわりです。炊飯器やVitamixなど、たとえ毎日使うものであっても、すべて隠し何もない状態にしたかったことを希望され、このようなキッチンが実現しました。
一般的な日本のキッチンと異なることは、お湯がすぐ出る(水・浄水・炭酸水・お湯)が分かれて出ること、食器用洗剤をシンク内に埋め込んだことなどでしょうか。ゴミ箱はシンクの横に配置し水が垂れないようにすること、生ごみはディスポーザーで処理すること、食洗機は出し入れしやすいように引き出し式にしたこと、一体型のシンクは、中で段差をつけて水を切ったりできるようにすること、パントリーを作ったこと、などの工夫がちりばめられています。
さらにキッチンでは換気が重要視されました。一般的なアメリカの古いアパートでは、厨房から外に排気される換気扇が設置されていないことが多く、レンジフードの上部で室内の空気を循環させているだけの状態も多々あります。またすごく大きな音がするので、日本の静かな家電に慣れている人にはうるさすぎると感じます。無事にすっきりとした機能的な換気扇が設置されました。
バスルーム
バスルームからもMt. Hoodが見えるようにすることは重要です。実施設計では、景色がよりよく見えるようにバスタブが一段上げました。大判の白っぽいタイルが使われていますが、真っ白ではなく、あまり汚れが目立たず滑らないものが採用されました。
掃除がしやすいように、便器も壁掛け式になっています。
階段室
傾斜地に建つ建物ですから、日々階段の上り下りが発生します。特に1階玄関わきのランドリースペースと、2階のキッチンスペースを往復せざるを得ないのは、傾斜に建つたてものならではです。
コンセプト段階でこだわられていたコートヤード(中庭)ですが、結局、階段室の一部として実現することになりました。FIX窓を通じて、外とのつながりを実現しています。
外観
外壁には、施主のたっての希望でYAKI-SUGI(焼杉)が用いられました。今米国で、とても流行しているようです。最終的に、黒色、コンクリート色、木色が混在した、落ち着いた外観の住宅となりました。
現在車は1台ですが、「将来AIRSTREAMで旅をしたい」というご希望により、2台分の駐車スペースを確保しました。行き止まりのため、来客用の駐車スペースにも余裕があるのはアメリカ的です。玄関わきには通気用の小窓もついています。玄関にはこだわりの赤杉が張られ重厚な扉となりました。
外構の緑
外構については現在あまり手が付けられていないのですが、今後、時間をかけてゆっくりと作り上げていくそうです。現時点でも、庭に鹿や野ウサギが現れるとのこと。今後、通路や花壇などを整備するとともに、野菜や果物などさまざまな植栽されるそうです。こうした菜園とダイニング・キッチンが外部の緑とゆるやかにつながる住空間が実現されるでしょう。
アメリカ人との住宅づくり
今回、Gさんのバックグラウンドがこのプロジェクトを日米間で進めていくにあたって大きく影響しています。先述のように、彼は三次元モデルをコンピュータで作ることの出来る人なので、自分の望む「かたち」を3Dグラフィックに落とし込み、表現することが可能です。建築サイドである自分といわば、3Dモデルのやり取りを通じて意思の疎通を図りながら、お互いの望みと、実際に実現可能なこととの検討を重ねていきました。言葉だけではなかなか伝わらないことが、図面や3次元モデルのやり取りを通じて確認できたこと、また意思疎通のための言語が英語であったことも、進めやすさの一因であったと言えるでしょう。
設計チーム内では、プロジェクトに携わったメンバー(弊所、MINARIK ARCHITECTURE、構造設計者、地質調査しなど)全員がAutoCADを使用していたため、情報の共有が容易でした。この点は海外プロジェクトの利点であると今回も実感しています。
今回施主ご夫妻は、一番欲しいものを格安で手に入れるというテーマのもと、数々の方法をとりながら、建物をつくる時に施主としてコミットされていました。例えば“すべて違う”という家じゅうのドアハンドル。ウェブサイトで好みのものを見つけて注文し、それを施主支給品として、施工者に取り付けてもらっていました。
また造作家具なども、すべて施工者におまかせではなく、自分たちでほしいものをまずネットで探してみて、見つけたら購入し、それを組み立ててくれる人も手配するなど、家づくりの中に施主が自律的にかかわってくる様子が窺えて、非常に新鮮でした。
以前blogにも書いているのですが、米国では自分たちで家に手を加えていく文化が根付いており、ポートランドでは特に森林に囲まれた潤沢な自然環境という地域的な特性からも、DIY文化が尊ばれ、幅広い世代に親しまれ、楽しまれているといえます。もちろん、プロのように美しい仕上がりとはいきませんが、自分たちでやった、ということに価値をおく文化は、日本のような行き過ぎた完璧主義のような息苦しさがなく、住宅を一点ものの工芸品とみるか、工業製品(品質にばらつきがないという意味で)ととらえるか、の違いを感じます。日本のような、少しの傷もあげつらうような感覚が行き過ぎてしまうと、結局のところ誰の好みでもない、安全な選択の住宅が揃ってしまい、つまらないとも感じます。皆さんは、きれいに見える塩ビシートの壁紙で覆われた日本的住空間と、多少色むらがあるペンキで塗装されたポートランド的住空間の、どちらがお好みでしょうか?
まとめ
海外建築設計事務所や外国人クライアントとの仕事はこれまでやってきていますし、ブルックリンのアパート改装を始めとした内装改修の経験はありましたが、海外の敷地での新築住宅プロジェクトが実現したのは初めてとなります。とても感慨深いものがありました。