Apartment Renovation in Azabu Nagasaka
麻布永坂町のヴィンテージマンション改修

4人家族が、それぞれの居場所を確保するための家。

アメリカと日本の拠点を行き来しているご夫婦からの依頼でおこなったヴィンテージマンションのスケルトンフルリノベーション。

夫婦の領域の棲み分けをはっきりしたうえで、キッチンまわりは妻、ウェット・バーや書斎は夫、とそれぞれの好みが反映されています。

種類が豊富なアメリカで購入したファブリックを用いて日本の職人が家具として製作するなど、日本と米国の「良いとこ取り」がちりばめられています。米国・日本といったそれぞれの国・土地での住まい方の文化の違いや、各国住宅の良さと限界を施主・設計者双方が現地を訪れ、共有しながらすすめた当社独特の実例となっています。

ヴィンテージマンション特有の制約条件などもクリアしながら、施主・施工者・設計の三者による、スピード感あるチームワークで臨んだプロジェクトとなりました。

受注の経緯

友人のWさんとJさん夫妻からマンション購入が決まった時点で設計の打診をいただき、リフォーム業者2社と弊社の3社によるデザインコンペを行い、受注に至りました。

プロジェクトの特徴

築30年を超えるヴィンテージマンションが改修対象です。新築に比べ設備更新に制約が大きく、今後の維持管理も含めてどのような設備システムを採用することが適切か、細かく検討しながら設計や施工中の判断をすることになりました。

施主が米国と日本、二つの住居を行き来するライフスタイルであることが本プロジェクトの特徴の一つに挙げられます。米国の住まいは夫であるWさんが、日本では妻のJさんが住宅のイニシアティブを取るという主導権の棲み分けがあったことは「誰が何を決めるか」を明確にします。これは、妻と夫のエリアの緩やかな棲み分けという形で間取に反映されることとなりました。

施工業者の起用について

施工業者の選定は複数社による相見積もりで行った結果、同業の友人達から推薦されていたマンションリフォーム経験が豊富なヤマキさんにお願いすることになりました。解体の音が静かだと上階の方からも驚かれました。抜本的改修をするためには、上階や下階の住人とのやり取りが発生することになります。近隣住戸の方々からも「お互いさまですから」とご快諾いただき、スムーズに工事を進行することができました。

施工の質については、一般的に現場管理を行う監督さんの熱意に依るところが大きいと言えます。今回の監督さんは、繁忙期はほぼ現場常駐に近い形で施工管理に取り組んでいただくことになりました。同じ建材を使ったとしても、熱意をもって現場に取り組んでくれる監督さんのもとに集まる職人さんには、そのパッションが伝わって結果的にクオリティが上がっていくという、非常に「人」に左右される現実があります。特に工期が短く、濃厚な内容を伴う今回のようなフルリノベーションではそのことが非常に重要な要素であることを改めて確認しました。

夫婦や家族にとって最適な仕切り感・距離感の追求
その1
妻の“マイスペース”のしつらえ

会社経営者であり、妻であり母であるという、ご自身の役割と予定とが複雑に絡み合う、24/7マルチタスクの生活を送られています。そんなJさんのリクエストは、やりかけの仕事やそれに伴う書類などを置いておける場所を確保することでした。ダイニングテーブルを作業に使ってしまうと、食事時間の前後で一旦片づける必要が出てきます。たとえ途中で手を止めたとしても、戻ってくればすぐにそれまでの仕事を再開できることの意義を強く感じられているからこそのご要望です。

家族に背を向けて、集中して執務するための空間ではあるものの、壁で仕切られていないため、完全に隔絶した空間にはなりません。声も聞こえれば、ほかの家族が何をしているかを把握しながら仕事を進めていく、ということが可能になりました。

夫婦や家族にとって最適な仕切り感・距離感の追求
その2
飛び地としてのウェットバー

1日の仕事を終えると、カクテルを飲みながら夕食の支度をする妻のそばでリラックスするのが習慣のWさんからは、キッチンという妻の領域における“飛び地”的な存在として、ウェットバーと呼ばれるいわゆる「シンク付きのバーエリア」を作るというご要望をいただきました。

すぐそばにキッチンがあるのだからそこを使えばいいのでは・・・と安易に思ってしまいそうですが、「機能として必要」というよりもどちらかといえば「男の領域」としての象徴性があるような印象も受けました。確かに、米国で友人宅に招き入れられるとまず(主に)男性がカクテルを作ってくれ、いわゆるバーエリアで飲みながら会話、というのがホームパーティの始まりということも多かったのです。

こだわりポイントとしては、ガラスのカウンタートップにはめ込んだPhilips社製のHUEというライティングコントロールシステムの導入です。スマートフォンやタブレットに入れたアプリを通じて、光の強弱とともに色も変えることができるため、季節や時間帯などによって、お好みの光環境を作り出すことが可能になりました。

夫婦や家族にとって最適な仕切り感・距離感の追求
その3
夫のマイスペース:“見えないけれど聞こえる”書斎

自宅オフィスである書斎には広いリビングルームの一角を充てました。“視界は遮るが、声は聞こえる距離感”という具体的なリクエストに基づき、フルオープンにするのではなく、本棚や飾り棚として家具をつくりつけて仕切るようにしました。こうすることで、「視界には入らないけれども、お互いの気配が感じられる」という環境が成立しています。これは夫婦の間ではよく求められる状況で、過去プロジェクトでも「八雲の隣居」や「屋上庭園のある二世帯住宅」においても要望がありました。実際住み始めてみると、この書斎エリアは2人のお子さんが並んでTVを観たりするなど“ママの目の届かない”リラックスエリアとしての機能も果たしているようです。当初想定した宿題などの机上での学習は、キッチンの大きなカウンターでお母様の目の届く場所でされているとのこと。実際に使ってみると見えてくるものがあります。

夫婦や家族にとって最適な仕切り感・距離感の追求
その4
みんなのスペース:ヌックnook

「ヌック」と言われてもピンとこない方も多いかもしれません。「隅(すみ)」つまり、「部屋のコーナー(多くは窓際)にしつらえられたクッションのある、隅っこのシーティングエリアのこと」です。箱型として中に収納をつくりつけ、施主が米国で選び求められた布地を持ち帰り、日本の家具職人に発注して作り上げました。専用の照明も取り付けて、読書や、ほっと一息するコーナーとしても家じゅうの人気の場所なのだそうです。予備のクッションがあれば、布張りのソファやいすよりも気軽に季節のしつらえの変化なども楽しめそうです。住宅で作り付けるものといえば収納という考えがありますが、実はヌック(座席)もこのようにあらかじめ作りこんでおくと、それだけで一つ居場所が増えることになります。家族それぞれがめいめいに過ごす場所の選択肢が増えるのはとても良いことだと実感しました。

妻の領域、夫の領域、こどもたちの領域、とそれぞれの居場所をみてきましたが、一つ面白いコメントがありました。Wさんのお母様が来日されたときに「妻と夫が、対角線上に最大限の距離を取っている」というコメントをされたのです。確かに、ともすればいかに一緒にいるか、ということに気を配りがちな住宅のプログラムですが、このように「いかに家の中で、お互いに快適に離れて過ごすか」という点は、求められていながら、なかなか実現していないことのようです。

ちなみに、ウェットバーや夫の書斎などはよく見かけるものの、米国でもこのような(妻のためだけの)スペース設定は珍しいということです。興味深い点です。

床素材と塗装について

米国では、日本に比べ自然の素材が潤沢に入手可能なので、十分な存在感がある無垢の素材を使用する文化があると考えています。

中でも施主Wさんの地元であるオレゴン州ポートランド(太平洋岸北西部)では恵まれた森林環境を背景に「必要以上に人工的な塗装を施すことは望ましくない」といったような、自然の素材の強さに価値をおく文化がつよく根付いています。

「木目を生かした最低限の塗装、その中でも白いものが良い」というJさんのご希望に沿う形でフロアリングの塗装サンプルを検討していきました。キッチンについては、一番長くいるJさんが、大判タイルと床暖房をご希望されていました。ふだんから裸足がお好みのご家族からも、じんわりとした温かさが好評とのことでしたし、実際に自分で確認してみると、想像以上に感触が良くておどろきました。

ヴィンテージマンション特有の技術的なチャレンジ その1 水回り全般

ヴィンテージマンション特有の、仕上げ面とコンクリートスラブ面の間の床下スペースがじゅうぶんに取れない状況に対処する必要がありました。排水に必要とされる勾配の確保が難しいため、水回りの位置が既定されてしまうという制限があります。

そのため、バスルーム(来客用と家族用の2か所)と洗面・浴室の排水位置はほぼ同じ位置で設計をする必要がありました。

洗面台と正面奥の壁が一体となるように、人工大理石(コーリアン)で製作しました。タイル貼りの壁に、曲線のコーリアン洗面台が埋め込まれ、バックライトで照らされた鏡が浮かんでいます

ヴィンテージマンション特有の技術的なチャレンジ その2
空調設備の更新と天井高

もともと、左写真のようなファンコイルユニットによる空調設備システムが採用されていました。これはホテルや病院、商業施設などといった大規模な建物では現在も数多く採用されている、屋上に設置された室外機によって作られた冷温水によって、各居室の温度調整を行うシステムです。

今回のようなヴィンテージマンションにはよくみられる方式ですが、現在は各ユニットにエアコンを設置する方が一般的です。設備設計者にヒアリングし将来的更新にも配慮しつつファンコイルユニットを撤去し、マルチエアコンシステムを導入することにしました。

天井高をできる限り上げるご要望があったため、上階宅の床下に張り巡らされているファンコイル用の配管を外すことも検討に入れました。上階の方に使用状況について伺いながら検討をすすめ、既にファンコイルユニット空調をお使いになっていないと確認が取れたので、協議の上撤去させていただくことができました(下写真)。

ヴィンテージマンション特有の技術的なチャレンジ その3
上下左右、近隣住民との良好な関係で改修をすすめる

ヴィンテージマンションの改修は、すでにお住まいの上下左右の住人との関係がとても大切です。今回のように、実際に解体を始めてみて確認できることもあります。しかしかといって、すべてを自分たちでできる範囲で収めてしまうのではなく、施主と施工・設計が一つのチームとして、協力を仰ぐというような方法で叶う希望もあるということを学びました。

また、ともすれば騒音などのクレームに繋がりやすい解体作業や施工作業については、施工者であるヤマキさんの豊かな経験に基づいた配慮に負うところが大きかったと実感しています。

プロジェクトを終えて

予算のメリハリの効かせ方は、個人の価値観によるところも大きいのですが、どこを手厚く、どこは現実的に、という切り分けについてはどのクライアントも頭を悩ませるところです。

今回のような、短期集中型のプロジェクトでは、予算管理者としての統括・決定権が一人に定まっていたことによるスピード感も大切でした。ここがぶれてしまうと、前述のように落としどころを求めてエンドレスな話し合いが続いた結果、妥協点ともいえる結論は家族のだれもが満足しない中途半端なものになってしまう、ということにもなりかねません。

そして、日ごろから自己主張することのできている人とのプロジェクトはやりやすいと感じています。女性は特に、はっきりものを言ってくれる人の方が、自分には伝わりやすいと改めて感じました。この点ではJさんの判断力や状況理解のスピードに負うところも大きく、スタッフ一同感謝しています。

昔から言われることですが、住宅プロジェクトやその打合せは、ご夫婦や家族のありようが家についてのやり取りを通じてリアルに立ち上がり現れてくる場でもあります。そして、よりよい家にするためには、参加者の誰もが発言し、言い分に耳を傾けられる対話が必要だと感じます。

その場に立ち会い、記録し、出来ることできないことを明確にした上で住宅という形にしていくのが我々の務めでもあると改めて感じたプロジェクトとなりました。