大きなワンルームのような小回りのきく暖かいバリアフリーの家
House in Yakumo

八雲の隣居
照明の有無でお互いの安否を確認

米国在住の知人のご両親の家の新築です。長年住み慣れたお住まいと同じ敷地内での住み替えで、もともとのお住まいには、長男一家が引越されるという計画です。

バリアフリーで、お互いの様子がどこからでもわかる大きなワンルームのような小回りのきく暖かい家が欲しいこと、および長男家族とは独立した生活を送りたいこと、をご希望されていました。

在宅時間の長い方のための家とは、どのような配慮が必要なのか注意深く考えて設計に反映する必要があります。自分のライフスタイルとは異なる家を設計するチャレンジがありました。

閑静な高級住宅街に立地することからも、防犯面での配慮が必要でした。明るさ・温かさ・通風といった外環境とのつながりと、外からの視線や侵入を防ぎながら確保するという矛盾した条件を両立するために、外部建具・照明設備・防犯設備の配置に工夫しました。

また、長男家族とご夫婦との間で、独立性を保ちつつお互いに気配を感じることができるようにすることが大切だと考えました。新しい家の高窓と、もともとお住いの家の階段室の窓とを向き合わせて配置することによって、照明の有無でお互いの安否を確認できるようにしました。

奥様からはご夫婦で「お互いの様子がいつでも分かるように」というご要望がありました。どちらかが体調を崩した場合などにすぐに気づいて対応できるようにという配慮からです。

その一方で、「少し距離を置きたいな」と思ったときのために、旧居の書斎をご夫妻専用室として確保し、その一部屋だけは新居から出入りができることもお望みでした。たしかに、生活を共にしていれば、大きなワンルームによってお互いの様子がわかることが良い時も、そうでない時もあります。長年連れ添われたご夫妻ならではの、距離感に対する柔軟性をうかがわせる非常に現実的なリクエストです。

自分自身を振り返ってみても、日中一緒に過ごすことがない家族とは、帰宅後の自宅の中で距離を取る必要性をあまり感じていませんでした。しかし、ライフステージや体調の変化と共に在宅時間が長くなるにつれ、このような工夫へのニーズががあるのだと教えていただきました。

「直接風が体にあたるのを避けたい」というご要望を実現するために、エアコンではなく輻射熱重視の温熱環境を目指しました。高窓の下に放射パネルを組み込み、冬季は高窓からの冷気を遮り、夏季は天井からひんやりした空気が下りてくることを意図しています。

またご夫婦で温熱環境への感じ方が異なること、つまり「暑がり」と「寒がり」が一緒に暮らすための解決策も問題となりました。最低限度の温熱環境を確保した上で、ヒーターや扇風機を局所的に配置・利用して、それぞれの「暑い」「寒い」といったご要望を解決することとなりました。

居住時間が長いこと、および家じゅうが均一な温度になることから、蓄熱式温水床暖房を採用しました。これにより、バスルームやトイレなどにも床暖房設置が可能となります。

車いすでどこへでもアクセスが出来るように、転回可能な800mmの通路幅とし、介助される方が作業しやすいように洗面室や浴室のスペースを広めにとりました。

将来の維持管理と改修計画に備えるため、施工中に14回にわたり3Dスキャンの撮影をしました。

家を建てるのは3回目という、名実ともに経験豊富なご夫婦からの依頼には、過去のご経験から、「施主としてあまり口を挟まない方が結果としていいものが出来る」とお考えがありました。ですから、機能面でのご要望や日ごろのお暮しぶりなどについてスタッフと共に細かくヒアリングをおこなったあとは、ほぼお任せいただくという、個人住宅では稀有なプロジェクトとなりました。そのため「本当に適切なものを自分は提供出来ているのだろうか?」という自問自答を繰り返すことにも多く、施主のご要望に都度対応して出来上がっていくという通常のプロセスとは異なる独自の設計プロセスを辿ったということが、今になって非常に印象深く思い出されます。